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現代舞踊 げんだいぶよう

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

現代舞踊
げんだいぶよう
contemporary dance

現代の舞踊を広義に解釈すれば、20世紀初頭から始まったモダン・ダンスを含む前衛舞踊、創作舞踊をいい、狭義に解釈すれば1960年代以降登場した実験的な舞踊をさす。多くのアメリカの批評家は、モダン・ダンスは歴史的なもので、スタイルが完成してしまえば現代舞踊とはいいがたいとしている。そして現代舞踊は他ジャンルの前衛芸術と共通した主張をもち、現代の社会状況をなんらかの形で反映する必要があると考えている。そのため、現代舞踊をコンテンポラリー・ダンスcontemporary dance(同時代の舞踊、現代ダンス)と名づけている。しかし一方では、新しい舞踊もさかのぼればモダン・ダンスから派生し、その流れの展開として考えられるのだから、現代舞踊をモダン・ダンスといってもよいという主張もある。この考え方によれば、現代ダンスはポスト・モダン・ダンスの母体であり、モダン・ダンスの流れをくむマース・カニンガムを中心とした大きな系列に含まれてしまうともいえる。[市川 雅・國吉和子]

現代舞踊の種類

ここでは狭義の現代舞踊をいくつかあげてみることにする。
(1)ポスト・モダン・ダンスpost modern dance 1960年代後半にアメリカで生まれた前衛舞踊。代表的な作品はレイナーYvonne Rainerの『心は筋肉』や、ディーンLaura Deanの『歌』などに代表される。ポスト・モダニズムは物心二元論を超え、自然は人間と対立するものではなく、人間は自然に包み込まれ一体化するという考え方が基底にある。ヒッピー文化や低カロリー食、エコロジー運動などとともに、人間の力を縮小して自然と一体になろうとする一元論の表れであった。ポスト・モダン・ダンサーは基本的に描写的動きを避けて、身体そのものがテーマになることを意図した。その美学はさまざまで、レイナーのようにバレエ的な至芸を取り去り、日常的な動作のスケールで踊りはつくられるべきだと主張する人や、ブラウンTrisha Brown、フォルティSimone Fortiのように、柔らかに、優しく、空気に抵抗せずに、包まれるように動こうとするものなど多様である。
(2)ニュー・ダンスnew dance 1970年代のポスト・モダン・ダンスの革新性を受け継ぎ発展させようとするもので、やはりアメリカに70年代後半から出現してきた。批評家シーゲルMarcia Siegelは、ニュー・ダンスをことさら新しい舞踊ではなく、ポスト・モダン・ダンスが提起したものの技巧的な展開ととらえている。モールトンCharles MoultonやジョーンズBill T. Jonesの遊戯的なテクニック、フェンレイMolissa Fenleyの驚くべき粘り強さ、パクストンSteve PaxtonやライツDana Reitzらの俊敏なインプロビゼーション(即興)などがその例である。
(3)タンツ・テアターTanztheater 1970年代のなかばごろから、ドイツのピナ・バウシュやホフマンReinhild Hoffmannら、エッセンのフォルクワング芸術学校出身者の活躍によって注目を集めている。とくにバウシュのタンツ・テアターは、彼女の師であるクルト・ヨースに発しているものの、人間の内面を外へ向かって表現する第二次世界大戦前のドイツ表現主義舞踊とは異なる作風をもつ。バウシュは人間の内面がそれを取り巻く社会という外側から大きく影響を受けていると考えている。社会的状況に置かれたさまざまな人間の表情を、複数の状況を同時に舞台上にコラージュすることによって、コミカルに、ときに哀切に映し出す。ダンサーと観客が同時代を生きるリアリティによって交感できる舞台は幅広い支持層を得た。代表作に『カフェ・ミュラー』『ビクトール』など。
(4)ヌーベル・ダンスnouvelle danse 1980年代初頭、フランス現代舞踊界に起こり、10年ほどの間にベルギー、カナダなどフランス語圏に広がった新しいダンスのこと。フランス文化省の積極的資金援助に支えられ、初期にはパリ・オペラ座現代舞踊グループや、日本の矢野英征(やのひでゆき)らの実験的なダンスの試み、舞踏、アメリカのコンタクト・インプロビゼーションなどの複合的影響は否定できないが、80年バニョレ国際振付賞をベレFrancois Verretが受賞したのを機会に、90年代までに目覚ましい広がりと展開をみせた。おもな振付家はフランス各地の振付センターを拠点に活動を展開している。中心的な振付家であったバグエDominique Bagouetをはじめ、モニエMathilde Monnier、マランMaguy Marin、ガロッタJean-Claude Gallotta、ラリューDaniel Larrieu、プレルジョカージュAngelin Preljocaj、サポルタKarine Saporta、ショピノRgine Chopinot、ブービエとオバディアJolle Bouvier & Rgis Obadia、ドゥクフレPhilippe Decoufl、ディベレスとモンテCatherine Diverres & Bernardo Montetらのほか、ベルギーのケースマイケルAnne Teresa de Keersmaeker、バンデケイビュスWim Vandekeybus、ファーブルJan Fabre、旧ユーゴスラビア出身のナジJosef Nadjなど。作風はさまざまだが、スピーディで具体的な動きに富むもの、あるいは音楽、美術、映像、演劇などとの共同創作を通して、身体の新たな可能性を探ろうとする姿勢を明確にもっている。
(5)フィジカル・シアターphysical theatre 1990年代にヨーロッパに登場したアクロバティックな動きを特徴とするダンス。サーカスと実験演劇の要素が融合し、身体表現として展開したもので、身体意識の広がりを反映したダンスといえるであろう。おもなグループには、ロンドンのDV8 Physical Theatre(ニューソンLloyd Newson)、ベルギーのバレエ・C・ドゥ・ラ・B(プラテルAlain Platel)、オーストラリアン・ダンスシアター(タンカードMeryl Tankard)など。仕掛けを応用し、身体表現のスペクタクルな側面を展開したダンスとして注目されている。[市川 雅・國吉和子]

日本の現代舞踊

アメリカのポスト・モダン・ダンスの流れを引くものとして、厚木凡人(あつぎぼんじん)、花柳寿々紫(すずし)、加藤みや子、菊地純子、江原朋子(ともこ)、野坂公夫(きみお)らの作品がある。繊細さ、間(ま)の感覚、集中力など、日本人的な感性がポスト・モダン・ダンスにプラスされ、特有の展開を続けている。1980年代からは、木佐貫邦子(きさぬきくにこ)、米井澄江(よねいすみえ)、北村真実(まみ)、黒沢美香、二見一幸(ふたみかずゆき)、中村しんじ、能美健志(のうみけんし)らが次世代を引き継いでいる。
 日本にポスト・モダン・ダンスが紹介された当時は、すでに1960年代から土方巽(ひじかたたつみ)によって始められた「舞踏」が、大野一雄(かずお)、笠井叡(かさいあきら)、麿赤児(まろあかじ)らによって展開していた。舞踏の特徴として激しい自己否定と変身志向を指摘できるが、とくに土方の作品は「暗黒舞踏」といわれるように、近代日本が切り捨ててきた不合理なものや、社会の裏面に堆積(たいせき)されている身ぶりやしぐさから創造力を得たもので、それまで埋もれていた身体感覚を基盤に新しい表現を模索したものとして、国内外に衝撃的に迎えられた。85年の舞踏フェスティバルを境に、舞踏は欧米に進出し、外国の新しいダンスにも影響を与えた。大野一雄、山海塾(さんかいじゅく)、大駱駝艦(だいらくだかん)、アリアドーネの会、室伏鴻(むろぶしこう)、田中泯(みん)、山田せつ子らが海外公演を成功させる一方で、舞踏についての研究も盛んになった。
 一方、1980年代後半から、モダン・ダンスとも舞踏の系譜とも異なる、美術やパフォーマンス・アート、演劇の領域から若い作家たちが登場し、その後の日本の現代ダンス興隆の発端をつくった。その筆頭は勅使川原(てしがわら)三郎で、86年フランスのバニョレ国際振付コンクールで受賞して以来、欧米各地で活躍、シャープな動きと彼自身による舞台美術の卓越さで観客の心をつかんだ。勅使川原の快挙に励まされたように、その後、旧来のモダン・ダンスの流れとは無関係な若い振付家が活発な活動を行っている。伊藤キム(輝く未来)、伊藤千枝(ちえ)(珍しいキノコ舞踊団)、近藤良平(りょうへい)(コンドルズ)、井出茂太(イデビアン)、北村明子(レニ・バッソ)、大島早紀子(さきこ)(H・アール・カオス)、岩淵多喜子(いわぶちたきこ)(Dance Theatre LUDENS(ダンスシアター・ルーデンス))、ARISAKA(AGUA GALA(アグアガラ))などである。表現的なものから、デリケートな日常的しぐさによってダンスを浮かび上がらせたもの、先端のテクノロジーを駆使し、新しい身体感覚に挑戦するかのような激しいものまで作風はさまざまだが、コミカルで軽妙な雑芸を徹底したグループなど、東京の若者独特の感性が反映されているものもあり、世界の現代ダンス市場が注目している。[市川 雅・國吉和子]
『市川雅著『行為と肉体』(1972・田畑書店) ▽市川雅著『アメリカン・ダンスナウ』(1975・パルコ出版) ▽石黒節子著『イメージ・コミュニケーションとしての舞踊』(1989・三一書房) ▽前田允著『ヌーヴェルダンス横断』(1995・新書館) ▽土方巽著『土方巽全集』(1998・河出書房新社) ▽片岡康子著『20世紀舞踊の作家と作品世界』(1999・遊戯社) ▽ヨッヘン・シュミット著、谷川道子訳『ピナ・バウシュ 怖がらずに踊ってごらん』(1999・フィルムアート社) ▽海野弘著『モダンダンスの歴史』(1999・新書館) ▽外山紀久子著『帰宅しない放蕩娘――アメリカ舞踊におけるモダニズム・ポストモダニズム』(1999・勁草書房) ▽市川雅著、國吉和子編『見ることの距離――ダンスの軌跡1962~1996』(2000・新書館)』

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世界大百科事典内の現代舞踊の言及

【モダン・ダンス】より

…〈モダン・ダンス〉という言葉は33年にアメリカの評論家マーティンJohn Martinが,ダンカンのフリー・ダンスfree dance(ニュー・ダンスともいう),ドイツのM.ウィグマンらのノイエ・タンツNeue‐Tanz(のちにモデルネ・タンツといわれた)やアメリカのM.グラームらのダンスを総称し定義づけたことに由来がある。しかし,その後の発展にともない,現在欧米では〈コンテンポラリー・ダンスcontemporary dance〉,日本では〈現代舞踊〉の名称で呼ぶことが多くなっている。
[ダンカンとその影響]
 ダンカンは,幼児期から学んだ古典的なバレエ技法に満足せず,ダンス・クラシックの形式やパ(ステップ)を無視して自然で自由な表現により〈人間〉を賛美する踊りを創造した。…

※「現代舞踊」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社世界大百科事典 第2版について | 情報

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