日本大百科全書(ニッポニカ) 「生命痕跡」の意味・わかりやすい解説
生命痕跡
せいめいこんせき
古い岩石中にみられる生命の最古の証拠のこと。地球上最古の岩石は、現在のカナダ北極圏にある40億年前のものであるが、変成作用を受けているうえに地表の露頭(地層や岩石が土壌や植生に覆われることなく直接露出している所)が少ない。そこで約38億年前の岩石がみられるグリーンランドのイスア地域が注目された。そこには、海底土砂による堆積(たいせき)物があり、縞(しま)模様が発達していた。そのなかに厚さ約30センチメートルの黒い帯があり、拡大してみると黒い薄層がいくつも重なっていた。これはグラファイト(黒鉛)の無数の炭素粒であったが、この炭素粒中の炭素12と炭素13の比を調べると、炭素12の割合が高いことが判明した(1999)。
生物が周囲から炭素を取り込み利用するときには軽い炭素12を好む。炭素から有機物を合成する経路には軽い炭素のほうが乗りやすいからである。前述の黒い薄層は、元は生物の死骸(しがい)が海底に降り積もってできたと考えられる。厚さ約30センチメートルの黒い帯は数千枚からなり、約3000年かかって積もったのに乱れがなく整然としている。したがって、波も潮の流れもない水深100メートル以上で、しかも熱水噴出孔を離れた大海原でできたものらしい。となると、海水からかなり効率的にエネルギーを体内に取り込む能力を獲得していた、相当に進化していた生物が考えられる。
そこで、実際に生命が誕生したのは38億年よりずっと前の、海ができた直後ではないかといわれる。最近の知識によれば、約43億年前には地球に海があったとわかっているので、生命もそのころに誕生した可能性があると想定されている。
化石の直接的な証拠としては、約35億年前の西オーストラリアから発見された微化石がある。それ以前は変成作用のため化石を確認することは困難である。そこで生物が炭素同位体のうち軽いものをより多く取り込む同位体効果に着目して、炭質物の同位体比から推定が行われる。かつて同じイスア地域のサンプルで炭素13の減少を報じたものや、燐灰石(りんかいせき)中の炭素微粒子での炭素13の減少を報じた論文もあったが、それぞれ地質学的検討がなされておらず、炭素微粒子は二次的なものと批判されていた。
[小畠郁生]
『NHK「地球大進化」プロジェクト編『NHKスペシャル 地球大進化 46億年・人類への旅1 生命の星 大衝突からの始まり』pp.139(2004・日本放送出版協会)』