人々の生涯にわたる学習を支える教育構造(制度、行・財政、教育内容など総合的編成)全般の働きをいう。lifelong educationの訳語として日本でも1970年代以来盛んに用いられている。この英語の用例は第二次世界大戦前にもみられるが、多くの国で流行することになるのは、ユネスコ(国連教育科学文化機関)が国際教育行政の視野で新しい角度からこの語の意味内容を定義づけるようになってからである。これに対して、生涯学習lifelong learningは、人々が生涯にわたり、主体的に続ける学習活動のことをさす。
[藤原英夫]
きっかけは、1965年末、ユネスコ事務局長の一諮問機関「成人教育推進国際委員会」(1969年廃止)の会議用に「継続教育部」Division of Continuing Education(1969年廃止)の部長、フランスのポール・ラングランPaul Lengrandが事前配布した一通の覚書である。趣意は「各国民の生涯にわたる学習行程を支えるために国民社会が供与する教育的配慮は、個々の学習者にそれぞれ適合する教育的過程でありうるよう、学校教育・学校外教育ともども、全体として統合・調整されなければならない。そのためには、成人教育が教育構造全体の変化を導き出すほどのものになる必要がある。こうした観点から成人教育の推進を考えよう」というものであった。会議後もヨーロッパで展開された大論議のなかで、イギリスのオックスフォード大学在職中の委員フランク・ジェサップFrank Jessupは、個々人の生涯にわたる学習を助ける教育的諸配慮相互間の、学習者の個性的発達に見合う「垂直的統合」vertical integrationと発達現況に見合う「水平的統合」horizontal integrationとによって、教育的過程全体の充実を図ることを強調した。そのとき用いたlifelongの語がユネスコ関係の論者の間で注目され、翌66年のユネスコ公文書には「統合された生涯教育」lifelong(integrated)educationの語が頻出、そしてその年の総会でこの考え方が採用された。
こうして、加盟各国の教育制度の再検討および教育構造の再編成における主導原理として「統合的生涯教育の原理」the principle of integrated lifelong educationが唱道されることになった(「統合的」は自明のこととしてまもなく省かれ、のちには「原理」にかわり「理念」ideaがよく用いられるようになった)。垂直的統合とは、各人の発達過程に見合う教育機関相互間の連接articulationや、入退学・随時利用の自由拡大などの諸問題を含む、経過する時間軸に沿う調整において成立するものである。また水平的統合とは、各人の学習を並行して助けている、たとえば中等学校と学校外青少年教育機関との連携・協力から、さらにはカリキュラム・プログラムの相互移行shiftまでも含む、いわば横断的な調整において成立するものである。このように多面的で、ときに制度改革までをも含む絶えざる調整において、各人の生涯にわたる学習が、より適切に助けられるような教育構造が実現するというわけである。こうした理念を裏打ちする一つの基本的参考資料として作成されたのが、ユネスコの教育発展国際委員会の「フォール報告書」である(1972年、書名『apprendre à être』としてフランス語版出版。「生きることを学ぶ」と訳せる。続いて英文版『Learning To Be』が出版)。
[藤原英夫]
生涯教育の理念は、学校制度改革を度外視するどころか、むしろ強調する。しかし、すでに1971年にベルギーの社会学者アンリ・ジャンヌHenri Janneらは、学校再編成はどの国でも頑強な抵抗にあうだろうから、まずは学校外教育(日本でいう社会教育)での調整を伴う新展開から着手する場合が多いだろうと前提、ベルギーでの実践例や、行政系列や労使対立を超えて統合された成人教育システムの展開を報告している。先進諸国での動きには、この線に沿ったものが少なくない。ともかく、教育の全体構造を今日および明日に生きる人々のために、よりよく調整されたものにしようという理念が、生涯教育の名において提出されたことは、画期的なことである。
ユネスコと相携えて生涯教育理念の成立に努めたのが、約20か国で結成されているヨーロッパ協議会Council of Europeだった。フランスのストラスブールに置かれている事務局で1970年刊行された『L'Éducation Permanente』(フランス語で「永続教育」の意。英語版『Permanent Education』)は、代表的な論者15人が執筆したものである。内容は、学校外教育関係の数章に混じって、「ヨーロッパの就学前教育」「学校教育再編成」「リカレント・エデュケーションrecurrent education」「学校外教育新機軸の学校へのインパクト」などがそれぞれ章をなして論じられている。こうした論議のすべても生涯教育理念の裏打ちになるものであった。
[藤原英夫]
各国でのこの理念の受け止め方はさまざまで、全面的に受け入れた最初の国は旧ユーゴスラビアだといわれている。ユネスコの地元フランスでは、すでに1960年代から学校制度大改革に取り組んでいて、最後の大学改革の際に国立大学に大学開放事業を義務づけるという仕方で受け止めたといえよう。フランスは、1958年の憲法改正による第五共和政成立以来、学校外教育、とくに青少年活動の育成に国をあげて努力し、当初からl'éducation permanenteの語を、「成人教育」と「学校外青少年教育」を包括する意味で用いていた。ユネスコがl'éducation permanenteを、新たに生涯教育にまで拡大する動きをしたので、用語の両義性が生じた。しかし、学制改革一段落のところであったため、学校外教育の充実・展開に力を注ぐことで、生涯教育の実をあげようとしたといえる。
イギリスは、成人教育、学校外青少年教育の最先進国で、その水準への到達がドイツ、フランスなどの第二次世界大戦後の課題にさえなった。しかも、大学はじめ全学校体系における私学優先や学校外教育におけるNGO(non-governmental organizationsの略で非政府機関・団体のこと)優先の歴史をもち、民間主導の生涯教育思考モデルを提供したともいえる。1970年代以来の行政系列を超えた青少年活動振興には目覚ましいものがある。
北欧諸国では、大学開放(大学拡張)も含めてイギリスに匹敵するほど成人教育が進んでいる。そこで、成人の学習・研究上の必要に応じた再就学・再再就学を許すような、学校構造再編成を目ざすリカレント・エデュケーションの主張が突出し、生涯教育理念の成人教育先進国らしい一展開を示している。
アメリカでは、初等中等学校制度では徹底した地方分権で、しかも学校外教育において、日本の教育委員会にあたる学校委員会school boardsは長らく生涯教育には無関係に近かった。生涯教育論議の高まりのなかで、合衆国、社会保障省の一部局であった教育当局が省に格上げされた。また、各州でのコミュニティ・カレッジの急増や学校改革志向の顕著化などがみられている。なおアメリカではlifelong educationのかわりに、好んでlifelong learning(生涯学習)の語を用いる傾向がある。
[藤原英夫]
日本での生涯教育論の展開は特異で、一部識者の「システム化」論を除き、長らく学校構造の問題を棚上げしての、社会教育の面の新開拓を強調する論議が多くみられた。これも、文部科学省、教育委員会以外の各行政部門所掌のものを含めての、多様な教育的事業を包括し、広義の社会教育観を構想する動きとみる限りでは、積極的意義をもつといえる。生涯教育の名において秋田県、兵庫県などいくつかの地方公共団体で首長の主唱下で試みられた動きがそれである。
秋田県での取り組みは、1970年(昭和45)知事部局(当時小畑勇二郎知事)と教育庁職員16名とからなるプロジェクト・チームの設置で始まった。翌71年、県第三次総合開発計画の主要課題に取り上げ、以降、県政の柱として位置づけられてきた。72年には、知事を本部長、副知事・教育長を副本部長とする、知事部局と教育庁とを一体化した「生涯教育推進本部」が誕生。諮問機関に「生涯教育推進協議会」ができ、生涯教育についての県民の意向をくみ、普及を図る母体とした。73年、それまでの「生涯教育講師団」を「教育人材銀行」へと改組し、85年には県内31市町村が独自の教育人材銀行をもつに至っている。広域的には、社会人の大学(コミュニティ・カレッジ)が、中央の県生涯教育センター、県北、県南の3か所に開校。また、大部分の市町村では一般行政と教育行政とが一体化した総合的な生涯教育推進体制ができあがり、学習集団の数は1万を超える。地域主導による着実な歩みが続けられてきた。
兵庫県では、知事の諮問に応じる生涯教育懇話会が置かれただけでなく、県教育委員会所掌の社会教育関係事務の大きな部分が知事部局に実質上移管され、文化活動推進事務に包括された。それによって、学校外青少年や高齢者等の学習活動が、より統合された形で、強力な財政的裏づけを得て活発に展開されている。両県とも、行政部局間の生涯教育理念に添う調整の例を示したものといえる。わが国でも、ようやく教育改革の動きが国民の関心の的になり、政策的動きが活発化、臨時教育審議会(臨教審)の最終答申を受けて、政府は文部省の機構改革実施等の方向を示した。1988年(昭和63)に文部省が社会教育局を改組し、生涯学習局を設置。90年(平成2)には、生涯学習に関する初めての法体系「生涯学習の振興のための施策の推進体制等に関する法律」(通称、生涯学習振興法)が施行された。また、都道府県に、文部省内の同名の審議会とは別に、生涯学習審議会が設置され、都道府県、市町村に対して地方生涯学習振興費補助金が支出されることになった。98年には、文部省の生涯学習局婦人教育課が男女共同参画学習課に改組され、各自治体においても生涯学習推進に向けての体制整備が行われた。なお、2001年(平成13)の省庁再編により文部省と科学技術庁が統合され文部科学省となったのに伴い、生涯学習局は生涯学習政策局に改組された。
ユネスコにおいても、1970年代後半以降の生涯教育推進活動では、一見、「学校外教育」一辺倒の傾向が目だっているが、これはかならずしも基本理念の変更を意味するとはいえない。かつて唱道した性急な学校普及が開発途上諸国で挫折(ざせつ)した例を反省し、まず学校外教育による識字活動から教育開発の活路を得ようとするか、開発途上諸国でも学校教育を享受できない者にノン・フォーマル教育non-formal education(学校外教育をこうよんでいる)で学習の場を提供するといったような、人道主義的動機による行動が拡大したともいえる。1972年ユネスコの生涯教育推進担当官に就任したエットーレ・ジェルピEttore Gelpiの発言に学校外教育関係の事項が多いが、彼自身が学校教育も内包する生涯教育理念を踏まえていることは、「学校の内外を問わず、子供、青年、成人のためのあらゆる教育構造が、生涯教育政策によって問い直されている」の言からも読み取れる。そしてまた、彼の関心が「抑圧と解放」に集中したことによる具体策提言が、学校外教育の範域に偏する観を呈したとしても、ユネスコ提唱の理念そのものが変質したわけではない。いわば初心の展開は、むしろこれからのことだといえよう。
[藤原英夫]
『ポール・ラングラン著、波多野完治訳『生涯教育入門』改訂版(1990・全日本社会教育連合会)』▽『ユネスコ・ハラップ共同発行、国研フォール報告書検討委員会訳『未来の学習』(1975・第一法規出版)』▽『エットーレ・ジェルピ著、前平泰志訳『生涯教育・抑圧と解放の弁証法』(1983・創元社)』▽『元木健・諸岡和房編著『生涯教育の構想と展開』(1980・第一法規出版)』▽『野村佳子編著『いのちの世紀を啓く――生涯教育国際フォーラム基調講演集』(2000・一葉社)』▽『新海英行・牧野篤編『社会・生涯教育文献集』(1999・日本図書センター)』▽『Council of EuropePermanent Education(1970, Council of Europe, Strasbourg)』
現代社会の教育とくに公教育のあり方を〈一生涯にわたる教育〉という見地から広く社会的にとらえなおし,総合的に再編成しようとする新しい教育変革の原理ないし構想の総称。1965年,パリで開かれたユネスコの成人教育推進国際委員会で,P.ラングランが提唱し採択されて以来,国際的に注目され展開されるようになった。このことからも知られるように,今日の生涯教育論は元来,歴史的には学校教育の開放あるいは延長として自覚されてきた社会教育(成人教育)の発展に負うところが多い。その意味では,第1次大戦後に一般化されはじめた学校教育終了後の継続教育としての社会教育の考え方,さらにさかのぼって,18世紀啓蒙思想における人権教育の思想とも,それは歴史的に無関係ではない。
しかし,今日一般化されつつある生涯教育論は明らかに高度成長の時代の産物であり,現代の技術革新にもとづく社会構造の未曾有な変化に照応して提唱されたものである。その特質は,第1に,既成の学校教育や社会教育のあり方そのものを批判の対象としていること,第2に,そのさい〈教育〉というものを社会の根本機能とみるよりも,むしろ政治や経済や文化の諸活動に内包された再分肢的な機能としてとらえていること,したがって第3に,そうした見地から既成の職業訓練システムや学校教育システム,さらに成人教育システムを再編成し,新たな教育の社会的統合をはかろうとしている点にある。その具体化の様相は各国によって一様ではないが,とくに注目されるのは労働者の新しい権利としての有給教育制度の成立(ILO勧告,1974),さらに,それにもとづく成人の再教育機会の拡充(リカレント教育)や〈生涯学習法〉(アメリカ,1965)の制定などである。しかし,そこには同時に教育の新たな国家統制の危険もあり,多くの論議をよんでいる。1990年日本でも〈生涯学習振興整備法〉(略称)が制定されたが,なぜ教育基本法第7条の〈社会教育〉の語ではなく〈生涯学習〉なのか,さらにはなぜ〈教育〉ではなく〈学習〉なのかといった用語,意義をめぐる論争のみならず,それにともなう施策,とくに教育改革のあり方をめぐって多くの論議をよんでいる。
→社会教育
執筆者:小川 利夫
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…一定の教育目標を設定しその実現のための段取りを設計するこころみは,一学校規模から一国の教育政策レベル,あるいは生涯教育や文盲解消とか婦人の差別撤廃と権利擁護などの個別課題をめぐる国際的なレベルにおけるものまで多様である。また教育計画には,教育活動の計画化に限定したものにかぎらず,いわゆる村づくり運動から一国の経済社会計画にいたる,産業振興とかかわる社会計画における教育計画,環境や平和の擁護にかかわる,人類の生命と安全を守る思想運動的社会計画の中における教育計画もある。…
…第2次大戦前は,自由と権利の抑圧のうえに組織された教化のための社会教育であったが,戦後はその反省のうえに立ち,教育基本法に見られるように,民主的な社会をつくる一員として,自主的な人間形成をめざす(1条)教育となっている。近年,硬直化した現代の教育制度の再編をうたう生涯教育が提唱されている。そして,これを社会教育に代わる概念として用いようとする主張もある。…
※「生涯教育」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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