改訂新版 世界大百科事典 「大学拡張」の意味・わかりやすい解説
大学拡張 (だいがくかくちょう)
university extension
大学開放ともいわれ,大学における学問研究の成果や講義などの大学教育の開放をとおして,ひろく一般民衆に高等教育の機会を普及する事業,またはその実現を担う教育運動をいう。
大学拡張は,19世紀中ごろイギリスで起こった大学改造運動と密接な関連をもって生み出され,1870年代にケンブリッジ,ロンドン,オックスフォードの各大学で次々にはじめられた。のち,バーネットSamuel Barnettらによって創始されたセツルメント運動や,労働者の自己教育運動の高まりをうけて,マンスブリッジAlbert Mansbridgeによって設立された労働者教育協会Workers' Educational Association(略称,WEA)の活動などの労働者教育運動と結合して発展をみせた。この運動はヨーロッパ諸国やアメリカにひろがり,欧米成人教育活動の代表的な形態として多くの経験を残している。とくに,学生が同時に教師であり教師が同時に学生であるといわれたチュートリアル・クラスtutorial classは,労働者たちに大学水準の学習を保障したことでひろく知られている。このほかにも,拡張講座,短期講習会,通信教育など多様なこころみがなされてきており,現在欧米の大学では専門の構外教育機関extra mural departmentをもつものが少なくない。日本では,明治20年代に私立専門学校による通信教育や校外生教育,公開講座の例がみられ,大正期には,吉野作造らの大学普及会や帝国大学における文部省委嘱の成人教育講座が開設されているが,また農村青年の手によって自由大学運動が長野県を中心に組織されて,働く民衆の自由な意志による大学創造という注目すべき事例を戦前社会教育史に残している。
以上のように,大学拡張は大学関係者の自覚と民衆の自己教育運動の高まりに支えられることによって,大学や学問のあり方を国民の立場から問うものとなる。アメリカで発展をみたコミュニティ・カレッジでは,市民参加の設立と運営によって実生活と結合した教育内容がつくり出されている。日本でも1960年代以降の農民大学運動にみられる農民の学習要求の高まりが,例えば岩手大学農学部の特別入学枠をもつ営農技術学科構想をよび起こすなど,大学拡張が大学じたいを国民化の方向へ発展させていく可能性を生み出している。現在,いくつかの国立大学の開放センターの活動や,地方公立大学の地域課題と結合した学習内容編成の模索,あるいは公民館と住民と大学の結合による市民大学講座のこころみなどがあるが,これとは別に新たに発足した放送大学に加えて,今後も急激な社会変化の下での不断の情報摂取と活用の必要から,教育情報産業の発達に合わせた多様な形態での高等教育の機会提供がはかられるであろう。しかし,情報の自由な流れを前提とし,学問の自由の確保と国民の教育権保障の観点から,すべての国民の平等な教育機会の享受の実現が要請されている。
執筆者:島田 修一
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報