市民革命期には,私人,私的団体が行う教育に対して,国家,公共団体が行う教育が公教育と観念された。しかし今日では,〈公〉の意味をどのようにとらえるかによって公教育の意義も異なる。国,地方公共団体のような公権力を〈公〉と同義と解すれば,これらの公権力主体が行う教育が公教育ということになる。これに対して,国民の共通利益の実現を〈公〉と観念すれば,事業主体のいかんによってではなく,事業内容のいかんによって,公教育であるか否かが識別される。今日では,後者の説がより妥当性をもっているとみられる。教育基本法は〈法律に定める学校は,公の性質をもつ〉(6条)と規定しているが,〈公の性質〉について上記の立場から二つの考え方が存在する。一つは,国,地方公共団体およびその認可をうけた学校法人が学校を設置できることに注目し,設置主体が公共性を有していることを根拠とする説である(教育事業主体説)。もう一つは,行われる教育が公共的利益の実現に合致していることをもって〈公の性質〉の根拠とする説である(教育事業説)。いずれの説をとるにせよ,現実に国家機関によって統轄されている公教育には多くの矛盾が含まれている。国内には階級的利害の対立,地域的格差,民族文化の差異などが存在するし,国家的利益の実現とひとりひとりの国民の発達保障の関係も調和的ではない。また教育が公共的に組織されているからといって,親の子に対する教育責務のすべてが公教育に委任されたわけでもない。今日あらためて〈公〉の意味が問われるゆえんである。
→教育 →教育権
執筆者:牧 柾名
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公教育には、制度的概念と理念的概念との二つの概念がある。前者は一般に、国または地方公共団体またはその機関が管理する教育を総称する。その要素は、公の団体が設置する(公設)、公の費用で運営する(公費)、公の機関が管理する(公管理)などあるが、このうちどれを概念要素と考えるかによって、広狭さまざまの公教育の範囲が決まる。たとえば、先の3要素の全体を含むとすると、公教育とは国公立学校の教育を意味し、最後の公管理、しかもこれを法の支配を受けることと解すると、公教育は私立学校も専修学校や各種学校も社会教育も含むこととなる。
理念的概念としての公教育も、論者によっていっそう多様である。「公の性質」(教育基本法6条)を有する教育、すべての者に開かれた教育(公開)、中立性を保持すべき教育、そこからすべての者が利益を受ける教育(共益)などが唱えられる。
制度的、理念的いずれの概念においても、多様な立場が成立するのは、公教育が歴史的、社会経済的条件のもとで成立することに起因する。大まかにみて、公教育には、絶対主義社会の近世的公教育、近代資本主義社会の近代的公教育、それらの根本問題を超克する現代的公教育といった歴史類型が認められるとともに、資本主義的、社会主義的公教育などの比較教育類型も存在する。公教育の拡充は人類に共通の現代的課題の一つである。
[桑原敏明]
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