生物多様性の維持とその構成要素の持続可能な利用を目的とする条約であり、1992年6月に環境と開発に関する国連会議(地球サミット)において採択された。略称CBD。1993年12月に発効。その総会にあたる締約国会議(COP)は、ほぼ2年間隔で開かれてきている。日本では、1993年(平成5)5月の受諾を経て、12月に発効した。
[磯崎博司 2021年9月17日]
1980年代以降、地球の生命維持能力または生物が周囲の環境に適応し進化する能力は、生物の多様性に根ざしていることが認識されるようになった。とくに、開発途上諸国にはそのような多様性が残されているため、その保全を国際的に図ることが急務とされた。
この条約において生物多様性とは、生物の変異性を意味し、種内、種間、生態系それぞれの多様性を含むとされ、種や遺伝子の保存のための事業は、原則として自然状態で行うこととされている。生物多様性の観点からとくに重要な区域を国際的に登録し、保全を促進する制度も検討されていたが、最終的には採用されなかった。
他方で、生物多様性の破壊につながる貧困の撲滅も重視されており、生物資源および遺伝資源の持続可能な利用が求められている。遺伝資源に対しては、領域国の主権的権利が確認されており、その利用は当該国の国内法に従うこととされている。また、それらに関する研究については、できる限りその資源の提供国においてその提供国の参加を認めて実施することと、その成果および利益は伝統的に利用してきた地域住民を含めて衡平に配分することが求められている。
2010年(平成22)に名古屋で開かれた第10回締約国会議において、条約の戦略計画である「愛知目標」が採択された。それは、自然と共生する世界に向けた生物多様性の主流化を目ざしており、五つの分野にわたり20の目標が設定されている。また、それにあわせて、2011年から2020年までは「国連生物多様性の10年」と定められた。
[磯崎博司 2021年9月17日]
生物多様性オフセットbiodiversity offsetとは、開発事業などによる生態系への悪影響を回避、最小化したうえで、それでも避けられない悪影響を、別の場所に同等の生態系を構築することによって代償・相殺(オフセット)する仕組みである。生物多様性を掲げているが、上記のように、対象とされているのは、特定の個別生態系相互間の代償・相殺である。カーボンオフセットcarbon offset(温室効果ガスの排出量を、別の場所でのその吸収・削減量と相殺すること)、REDD+(レッドプラス)(開発途上国において、森林の減少・劣化を防止して温室効果ガスの排出量を削減することに加えて、森林保全や植林を推進して炭素貯蔵量を増加させること)、代償ミティゲーションCompensatory Mitigation(回避、最小化、修復、低減および代償という5段階からなるミティゲーションの最後の手段であり、前4段階を尽くしてもなお残る特定の自然環境への悪影響を埋め合わせるために、別の場所にそれと同等の自然環境を提供すること)、ノーネットロスNo Net Loss(自然環境の改変が不可避の場合に、地域内の別の場所での復元や保護を条件とすることにより、特定の生態系の消失を差し引きでゼロにすること)などと重なる概念である。
企業の自主的取組みを基本とするが、湿地もしくは森林を対象にして、または、消失生態系と同じ種類で同等の生態系を対象にして、代償・相殺を法制度化している国も少なくない。たとえば、湿地を復元した者にはその価値評価に応じた証券(クレジット)が発行される。他方で、別の湿地を改変しようとする者には代償・相殺が義務づけられるが、当該証券を購入すればその表示額分の代償・相殺が行われたとみなされる。しかし、消失生態系と代償生態系との生態学的同等性をどのように価値評価するか、場所の違いや文化的・社会的かかわりをどう評価するかなど課題も残されている。また、特定の生態系に限らず広く生物多様性を対象にすることも考えられるが、その場合は、異なる種類の生態系の間での代償・相殺をどう評価するかが根本的課題である。
[磯崎博司 2021年9月17日]
「遺伝資源の利用とその利益配分Access to genetic resources and Benefit-Sharing(ABS)」に関する名古屋議定書は2010年10月に採択され、2014年に発効した。それは、第一に、遺伝資源の提供国の国内法の国境を越えた遵守確保制度を樹立しているが、他国の法律の効果を強制することは国家主権に反するために交渉は難航した。最終的に、そのような強制は避けて、利用国内において利用される遺伝資源など(関連する伝統的知識を含む)が提供国において取得された時点で提供国法令に則していたことを確認できるような措置の整備を利用国に義務づけた。第二に、「遺伝資源の利用」という用語の定義を通じて「遺伝資源の利用から生じる利益」という用語の解釈を提示するとともに、配分すべき利益の対象範囲に派生物が含まれるか否かは、個別契約において定められるべき事項であることを明確にした。第三に、少数民族や地域社会の伝統的知識の取扱いを遺伝資源に準じて国際レベルに引き上げた。第四に、利益配分の遡及(そきゅう)適用を退ける一方で、グローバルな資金メカニズムの必要性と態様について検討することを定めた。第五に、生物多様性の保全が前提的な基本目的であることを再確認するとともに、ABSによる資金(グローバル資金メカニズムを含む)を生物多様性の保全および生物資源の持続可能な利用に振り向けるよう奨励している。
名古屋議定書は、日本では2017年(平成29)8月20日に発効した。それに応じて、「遺伝資源の取得の機会及びその利用から生ずる利益の公正かつ衡平な配分に関する指針」(ABS指針)が同じ日に施行された。それは、ABS法令が施行されていた議定書締約国において、その施行日以降に取得された議定書範囲内の遺伝資源を対象にしているが、植物遺伝資源条約が適用されるものは除外される。対象遺伝資源を取得して輸入した者は、それにかかわる国際遵守証明書(取得許可書)がABS国際クリアリングハウス(ABSCH)に掲載されてから6か月以内に適法取得の旨を環境大臣に報告しなければならない。その報告内容は、ABS国際クリアリングハウスに提供され、また、環境省ウェブサイトに掲載される。取得・輸入者のうち対象遺伝資源を利用した者は、適法取得報告から約5年後に環境大臣から要請された場合は利用情報を提供しなければならない。
なお、日本に賦存する遺伝資源の取得に対しては、事前の情報に基づく同意は求めないこととされている。
[磯崎博司 2021年9月17日]
2000年1月には、カルタヘナ議定書(生物多様性条約の下の生物安全性に関するカルタヘナ議定書)が採択された。生物多様性の保全および持続可能な利用に対して悪影響を及ぼす可能性のあるすべてのLMO(Living Modified Organism、生きている改変生物)の国境を越える移動、輸送、取扱いおよび利用について適用される。改変生物とは、現代の遺伝子工学技術によって新たな遺伝的形質を有するようになった生物のことである。
開放環境(野外での栽培など)に意図的に導入されるLMO(種子など)については、その輸出入に先だってAIA(Advance Informed Agreement、情報提供に基づく事前合意)手続が適用される。ただし、食品・飼料・加工用のLMO(食用のダイズなど)については、AIAに準ずる手続が適用される。どちらの手続の場合も、輸入国に対して事前拒否権が認められている。さらに、輸入国は科学的に不確実または科学的知見が不十分であっても潜在的な危険を避けまたは軽減するための決定を行うことができるとされており、予防原則も確認されている。
[磯崎博司 2021年9月17日]
カルタヘナ議定書の下に、責任と救済に関する名古屋クアラルンプール補足議定書が2010年10月に採択された。そこでは、損害責任の性格、因果関係、責任限度額、財政保証、時効、免責、また、実施にあたっての具体的な規則や手続については、国内法にゆだねている。
この補足議定書において、損害とは、生物多様性の保全と持続可能な利用に対する重大な悪影響であって、科学的根拠に基づいて測定・観測可能なものをいう、と定義されており、人の健康に対するリスクも考慮される。重大であるか否かは、生じている変化の期間・質・量、生態系サービス(食料、水、木材、気候調節、汚水浄化、レクリエーションなど、人間が生態系から受ける恵み)の提供量の減少などの度合いに基づいて、各締約国の権限ある当局によって認定される。対象とされる損害は、輸入国において補足議定書が発効した後に国際移転されるLMOの、食料・飼料・加工向けの利用、封じ込め利用および開放環境での利用に起因し、その領域内で発生したものである。なお、非締約国からの移転とともに、非意図的な移転および国際不法移転に起因する損害も対象とされる。
責任を負う事業者はLMOの管理者であり、許可保有者、市場投入者、開発者、生産者、通告者、輸出者、輸入者、運送者、供給者などが例示されている。とるべき対応措置としては、損害の防止・最小化・拡大防止・軽減などが示されており、とくに生物多様性の復元には、原状回復またはもっとも類似した状態の復元が原則とされ、それが不可能な場合には、同一または他の場所での代替回復措置が必要とされる。各締約国の権限ある当局は、責任を負う事業者およびとるべき対応措置を特定する。早急な対応措置が不可欠な場合で事業者が適切な措置をとらないときは、権限ある当局は、代執行し、当該事業者に費用を請求できる。
[磯崎博司 2021年9月17日]
生物多様性条約が対象とする生物遺伝資源は、おもに農業において利用されているため、国連食糧農業機関(FAO)の活動と深くかかわる。FAOは、生物多様性条約との調整を図りつつ、2001年11月3日に食料・農業植物遺伝資源条約(食料及び農業のための植物遺伝資源に関する国際条約)を採択した。食料・農業植物遺伝資源条約は、共通のルールのもとで、食料・農業用植物遺伝資源の利用の促進を図るための「多数国間制度」(Multilateral System:MLS)を構築し、それらの遺伝資源の保全および持続可能な利用、ならびに、その利用から生じる利益の公正かつ公平な配分を通じて、持続可能な農業と食料安全保障を確保することを目的としている。日本では、2013年7月の加入書寄託を経て10月に発効した。
その多数国間制度は、35作物(アスパラガス、ビート、キャベツ類、ニンジン、イチゴ、柑橘(かんきつ)類、リンゴ、バナナ、イネ、ムギ、ヒエ、インゲンマメ、エンドウ、ササゲ類、カンショ、バレイショ、ナス、トウモロコシなど)および81種の飼料作物(マメ科やイネ科の牧草など)の種子、栄養体およびDNA等を対象としている。それらを利用して開発した成果物により商業上の利益を得た者は、当該成果物の他人による利用を制限している場合に限り、利益の一部をFAO信託基金に支払う。その資金は、開発途上国に還元され、遺伝資源の保全利用に使われる。
なお、第21条に定められている遵守促進に関する手続とメカニズムについて、第4回管理理事会(2011年)において枠組みが採択された。遵守委員会は、勧告を含み、一般的事項とともに遵守・不遵守についての個別事項に関する分析の統合報告書を管理理事会に提出することとされ、その報告の頻度は原則5年とされた。遵守委員会は14人以下で構成され、FAOの7地域からそれぞれ2人の推薦リストに基づいて選出される。
[磯崎博司 2021年9月17日]
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(杉本裕明 朝日新聞記者 / 2007年)
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…これは環境問題が他の諸問題と深くリンクしていることを示すものだが,とりわけ,従来相反するものとして考えられ,先進国と開発途上国の対立のもとともなっていた環境と開発とについて,それはむしろ互いに依存するものであり,環境を保全してこそ将来にわたる開発が可能となるという主張(持続可能な開発)を説得的に打ち出すものであった。 地球サミットは,この考え方をキー概念として,〈環境と開発に関するリオ・デ・ジャネイロ宣言(リオ宣言)〉,その具体的な行動計画たる〈アジェンダ21〉,また〈森林原則声明〉を採択したほか,地球温暖化防止条約(気候変動枠組条約),生物多様性条約の調印がこの会議でなされた。 リオ宣言は持続可能な開発を実現する諸原則を規定しているが,特徴的なのは,その実現に向けてすべての主体の参加と情報公開がうたわれ(第10原則),女性,青年,先住民,抑圧下の人間等,各主体の関与,役割を明らかにしている点(第20~23原則),また,〈共通だが差異のある原則〉(第7原則)という考え方を打ち出している点である。…
※「生物多様性条約」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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