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白兎記 はくときBai-tu-ji

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

白兎記
はくとき
Bai-tu-ji

中国,元末明初の戯曲。作者,成立年未詳。正しくは『劉知遠白兎記』。五代後漢の高祖劉知遠の立身物語を,最初の妻李三娘との離合を中心として描いたもの。初期南曲の代表作の一つ。早く宋代の『五代史平話』にみえる題材が,金代の『劉知遠諸宮調』を経てこの作品になった。

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世界大百科事典 第2版の解説

はくとき【白兎記 Bái tù jì】

中国,元末・明初の戯文。南方系の楽曲による長編戯曲。浙江温州の無名氏の作。五代の漢の高祖劉知遠の出世話で,もと山西省の南部に行われていた諸宮調(語り物の一種)を戯曲に改編したもの。1967年に明の成化年間(1465‐87)の北京永順堂の刊本が,上海嘉定県から出土し,南方系のこの戯曲が明の前半期には北上して,北京でも人気のあったことが明らかとなった。曲詞は質朴,野趣のある作品である。【岩城 秀夫】

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

白兎記
はくとき

中国、元末明(みん)初の南曲。作者不明。五代の漢の高祖、劉知遠(りゅうちえん)は家が貧しく、妻李三娘(りさんじょう)を実家に残して軍隊に投じ、長官に気に入られ、婿となる。三娘は兄夫婦に虐待され、子供咬臍(こうせい)まで殺されかねないため、知遠のところに送る。十数年後、狩りで白兎を追う咬臍は水くみに疲れ果てた農婦に出会い、初めてそれが実の母と知って連れ帰り、三娘は夫と再会する。農家の娘三娘が兄嫁の迫害に耐え、奴隷のような生活をしてもなお再婚を拒否する、その強い性格と、素朴な歌詞が感動をよぶ。先だつ作品に宋(そう)代話本『新編五代史平話』、金(きん)の語物『劉知遠諸宮調』がある。民間伝説が小説や講釈の脚本となり、さらに長編戯曲に発展したものであろう。『明化成説唱詞話叢刊(そうかん)』のなかの『白兎記』は齣(せき)(場)を分けず古い形式を伝えている。ほかに『明六十種曲』本が通行している。[平松圭子]
『『青木正児全集3 支那近世戯曲史』(1962・春秋社)』

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世界大百科事典内の白兎記の言及

【劉知遠】より

…中国,五代後(こうかん)の高祖。突厥(とつくつ)の一派である沙陀(さだ)部族の出身で,太原(山西省)に生まれた。後晋の高祖に従って重用され,後晋が契丹族に滅ぼされたのち,947年に太原で即位,間もなく都を汴京(べんけい)(開封)に移したが,翌年54歳で病没した。なおのちの金代の語り物である《劉知遠諸宮調》や明代の戯曲《白兎記(はくとき)》などは,みな劉知遠と妻の李三娘をめぐる架空の物語であり,史実とは関係がない。…

※「白兎記」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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