1952年製作のアメリカ映画。フレッド・ジンネマン(1907-97)監督作品。〈リアリズム西部劇〉の傑作として知られる。日曜日,自分自身の結婚式の当日にもかかわらず,保安官は復讐にくる殺し屋とその一味を迎えて決闘しなければならないという,西部劇としてはごくありきたりの物語を,緻密(ちみつ)な心理描写(花嫁や町の人々から協力を得られぬ孤立無援の保安官の焦躁,苦悩など)や時間的なリアリズム(殺し屋が乗ってやってくる列車が町に到着する正午までの1時間20分を,たえず時計を画面に見せながら,正確に〈同時進行形〉で描く,等々)で構成し,ホームドラマと恋愛映画を西部劇のなかにもちこんだジョージ・スティーブンズ監督《シェーン》(1953)などとともに,西部劇を子ども向けの活劇からおとなの映画に変えた画期的な作品である。苦悩する保安官を演じたゲーリー・クーパーはこの作品で2度目のアカデミー主演男優賞を獲得(最初のオスカーは《ヨーク軍曹》(1941)で受賞),老成した味を見せる第2のキャリアの出発点になった。
執筆者:広岡 勉
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
… 50年代は西部劇の曲り角といわれるように(この時期は西部劇以外の分野の監督が初めて西部劇をつくるのが特徴である),かつてない屈折した人間ドラマが西部劇の中心になり,おおらかな西部魂や豪快な活劇性を喪失する。その前ぶれはすでに戦時中につくられた群衆心理による私刑とその当事者たちの内面の苦悩を描くウィリアム・A.ウェルマン監督の《オックス・ボウ事件》(1943)にあったが,デルマー・デービス監督のインディアンの側から見たヒューマニズム西部劇《折れた矢》(1950),殺し屋に狙われた保安官が町中の人々に助力を乞うという西部劇の定石からは想像もできない〈ふつうの人のふつうの話〉を描いたフレッド・ジンネマン監督の《真昼の決闘》(1952),ホームドラマと恋愛映画をミックスして貧しい開拓農民としがないガンマンの〈実像〉を描いたジョージ・スティーブンス監督の《シェーン》(1953)に至って,その心理ドラマの傾向は決定的になった。西部劇が西部劇を疑いはじめ,西部開拓史の洗い直しがはじまり,伝説が崩れていく。…
…事実,《リオ・ブラボー》以降の1960年代,70年代の西部劇は,《荒野の七人》(1960),《プロフェッショナル》(1966),《ワイルドバンチ》(1969),《明日に向って撃て!》(1970)等々のように,〈プロフェッショナル〉の集団を描いたものが主流を占めるようになった。なお,ホークスみずからが語るところによれば,この作品は,《真昼の決闘》(1952)のような町民に助けを求めるといったプロ根性を欠いた軟弱な保安官を主人公にした〈アンチ西部劇〉の流行に対するアンチ・テーゼとして構想されたものであるという。【宇田川 幸洋】。…
※「真昼の決闘」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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