催眠薬、催眠剤、眠剤ともいう。中枢神経系とくに大脳が興奮して不眠を招いたときに用いる薬剤で、俗にいう眠り薬のことである。作用は全身麻酔剤に似ており、中枢神経を抑制する作用をもつ薬物が用いられ、少量を用いると鎮静剤となるので、催眠鎮静剤という薬効分類にまとめられる。睡眠薬は、習慣性がなく、寝つきのよいこと、目覚めが自然であることなどの条件を備えていることが望まれるが、バルビツール酸系など従来の睡眠薬は習慣性があり、また薬剤耐性のみられるものも多く、だんだん量を増さないと効かなくなるといった例が多いところから、服用に際しては注意を要する。
[幸保文治]
睡眠薬は、作用時間の長短から、神経症性不眠の場合や寝つきの悪いときに用いられる睡眠誘導剤(入眠剤)、眠りが浅くて目覚めやすいときに用いる熟眠剤、さらに、治療を目的として深い睡眠を長く持続させる場合に用いる持続性熟眠剤に分けられる。また、化学構造上から分類すると、バルビツール酸系、非バルビツール酸系、およびベンゾジアゼピン系に大別される。
19世紀から用いられていた睡眠薬にはブロム剤と抱水クロラールがあるが、1903年にバルビタールが創製され、その後バルビツール酸系の睡眠薬が次々とつくられた。そしてバルビツール酸系とブロムワレリル尿素が睡眠薬の主流を占めてきたが、非バルビツール酸系のグルテチミド(「ドリデン」)が1954年に用いられ始め、続いてメタカロン(「バラミン」)などが出現し、これらが繁用された時代もあった。しかし、グルテチミド、メタカロンはすでに発売中止となり、現在まったく使用されていない。一般用医薬品として薬局で購入できたことから、「睡眠薬遊び」の原因ともなった。ついでマイナートランキライザー(穏和精神安定剤)であるベンゾジアゼピン系薬剤が開発された。そのなかでニトラゼパムが強い催眠作用を示したことから、これが睡眠薬として用いられるようになり(1967年)、安全性が高くしかも効果の大きいところからこの系統の薬物が続々と開発され、睡眠薬の主流を占めるようになった。
現在、使用されているバルビツール酸系以外の睡眠薬を作用時間別で示すと、超短時間型にはトリアゾラム(「ハルシオン」)、ソルビデム(「マイスリー」)、ゾピクロン(「アモバン」)、短時間作用型にはプロチゾラム(「レンドルミン」)、ロルメタゼパム(「エバミール」、「ロラメット」)、リルマザホン(「リスミー」)、エチゾラム(「デパス」)、中間作用型にニトラゼパム(「ベンザリン」、「ネルボン」)、ニメタゼパム(「エリミン」)、エスタゾラム(「ユーロジン」)、フルニトラゼパム(「ロヒプノール」、「サイレース」)、長時間型にはフルラゼパム(「ベジノール」、「ダルメート」)、ハロキサゾラム(「ソメリン」)、クアゼパム(「ドラール」)がある。このうち、ソルビデムとゾピクロンは非ベンゾジアゼピン系で、ほかはすべてベンゾジアゼピン系である。また、エチゾラムは神経症における不安、緊張、抑うつに適用される抗不安薬である。
睡眠誘導剤(入眠剤)は、催眠作用が速やかに現れ、持続時間が2~3時間程度のものをいう。超短時間作用型ベンゾジアゼピン系薬剤のトリアゾラムおよび非ベンゾジアセピン系のゾピクロン、ゾビデルムがこれに属する。これらは服用後にもうろう状態の発現があることが、警告されている。ジフェンヒドラミンなど抗ヒスタミン剤もこの目的で使用されることがあり、実際に一般用医薬品としてジフェンヒドラミンを主成分とした睡眠薬が市販されている。熟眠剤は睡眠深度の深いものをさし、持続時間は5~6時間に及ぶ。アモバルビタール(「イソミタール」「アミバール」)がこれに属する。持続性熟眠剤は精神神経科で持続睡眠療法に用いる長時間作用型のもので、持続時間は6時間以上に及ぶ。スルホナール、フェノバルビタール(「ルミナール」「フェノバール」「リナーセン」)などがこれに属するが、スルホナールは現在使用されておらず、フェノバルビタールは主として抗てんかん剤、鎮静剤として繁用されている。
バルビツール酸系は習慣性が大であり、現在、睡眠薬として内服で使用されているのは、ペントバルビタールカルシウム(「ラボナ」)とアモバルビタール(「イソミタール」)などで、きわめて少なくなった。クロラール系の抱水クロラールは坐薬(ざやく)として、トリクロホスナトリウムはシロップ剤として小児用によく用いられる。
睡眠薬は一般的に飲酒により作用が増強されるので注意を要する。
[幸保文治]
睡眠薬の副作用でもっとも有名なのはサリドマイド事件である。サリドマイドは非バルビツール酸系の睡眠薬で、発売当時繁用されたが、催奇形作用を有したことから、これを服用した妊婦からあざらし肢症の子供が生まれ、世界的に問題となり、販売停止となった(1992年)。その後、1994年アメリカでサリドマイドに血管新生抑制作用のあることがわかり、癌(がん)の治療薬として研究がなされた結果、骨髄腫の特効薬として有効性が認められ、1998年アメリカで承認された。日本では医師の個人輸入という形で、厳重管理下において投与されていたが、2008年(平成20)10月安全管理の徹底などを条件に、多発性骨髄腫の治療薬としての製造販売が厚生労働省により認可されている。
睡眠薬中毒は急性と慢性とに分けられる。急性中毒は大量投与によるもので、誤用や特異体質によっておこることもあるが、大部分は自殺の目的で服用しておこる。急性中毒の場合は、強心剤、人工呼吸、酸素吸入、興奮剤のほか、服薬後3~4時間以内なら胃洗浄、下剤、補液などの処置を行い、腹膜灌流(かんりゅう)、血液透析を行うこともある。「ブロバリン」(ブロムワレリル尿素)中毒の場合は、36時間以内に回復しないときわめて重症で、死の危険がある。慢性中毒は不眠に悩む人が睡眠薬に頼りすぎ、服用しないと眠れないと思い薬を飲み続け、服用量が多くなっておこるもので、中毒期間が短く服用量が少ない場合には薬剤を中断すればよいが、長期間にわたり大量に服用した場合には禁断現象がみられる。入院治療を必要とし、漸減療法を行う。
[幸保文治]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
…中枢神経系の機能を低下させて睡眠につかせるか,あるいは強制的に一定時間眠らせるような薬物をいう。いわゆる〈眠り薬〉で,睡眠薬ともいう。催眠薬はバルビツレートと非バルビツレート催眠薬に大別される。…
※「睡眠薬」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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