知識基盤社会(読み)ちしききばんしゃかい

大学事典 「知識基盤社会」の解説

知識基盤社会
ちしききばんしゃかい

教養と知識基盤社会]

知識基盤社会の進展は,大学の教養教育にも大きな変化をもたらした。「教養」は伝統的に,知的・文化的素養習得人格陶冶といった高邁理念によって位置づけられてきた。しかし日本では1970年代以降,教養のもつ社会的位置づけが低下し,教養教育についても軽視形骸化が進んできた。教養教育の再構築・再活性化が強くうたわれるようになったのは2000年前後からである。グローバル化や科学技術の急速な進展,労働市場の激しい変化など,知識基盤社会を特徴づける諸状況に対応していく際の基盤となるものとして,「教養」が位置づけられることになった。それは古典的な教養とは大きく異なる。新しい「教養」では,問題解決能力やコミュニケーションスキル情報リテラシーなど,現代的で実用性の高い知識・スキルが重視される。高度な知識が経済活動の推進力となる知識基盤社会では,大学教育と労働市場との結びつきが従来になく強化され,「教養」もまたその文脈なかで再構築されてきたのである。
著者: 中村征樹

経済発展と知識基盤社会]

[知識経済] 一般的には,知識経済という言葉が最初に用いられたとされるのはピーター・ドラッカー,P.の著作『断絶の時代』(原著1968年)である。知識経済においては知識こそが生産要素として最も重要な役割を果たし,「知識の生産性が経済の生産性,競争力,経済発展の鍵」とされる。加えてドラッカーは,『イノベーションと企業家精神』(原著1985年)において,多様なイノベーションの中でも新しい知識に基づくものの重要性について言及している。またダニエル・ベル,D.は,財貨生産経済からサービス経済への変化の中で,イノベーションの源泉として理論的知識が中心的役割を果たすとし,その知識生産のための主要施設として大学をあげている(『脱工業化社会』,原著1973年)

[知識の生産] こうした知識経済のもとで,知識の性質やその生産プロセスにも注目がなされるようになる。マイケル・ギボンズ,M.らは大学内の専門領域における伝統的な知識の生産のあり方であるモード1に対して,イノベーションの創出のために,基礎と応用,理論と実践との往還の中で専門領域を超えて知識が生み出されるあり方をモード2としている(『現代社会と知の創造』)。また野中・竹内は,企業における形式知(形式化が可能で容易に伝達ができる知識)・暗黙知(形式化が困難な個々人の体験に根差す個人的な知識・信念・もののみかた・価値システムを含めたもの)の相互作用が繰り返し起こるスパイラルプロセスによって,組織的に知識創造がなされ,このことがイノベーションの創出につながるという知識生産のあり方を明らかにしている(『知識創造企業』)

[知識基盤社会と大学] こうした形で成り立つとされる知識経済,さらにそれを概念的に拡張した知識基盤社会(もしくは知識社会)は,高等教育のあり方にも強く影響を及ぼし,1999年のケルン・サミットを契機として「知識基盤社会化」を念頭に置いた高等教育改革が世界各国で進んでいる。日本においても「我が国の高等教育の将来像」(中教審答申,2005年)で「知識基盤社会」を正面に据えた高等教育改革の進展の必要が唱えられた。そこでは個人の人格形成,社会・経済・文化の振興や国際競争力の確保のために高等教育が重要であること,そして優れた人材の養成,すなわち21世紀型市民の育成と科学技術の振興が不可欠とされている。こうした知識基盤社会において大学が果たすべき役割として,知識伝達(教育)機関としての役割と新しい知識生産(研究)の場としての役割がある。

[知識伝達・知識生産としての大学] 知識伝達機能に関連して,ロバート・ライシュ,R.B.はグローバル経済のもとで,新しいデザインや概念を生み出すシンボリック・アナリストの重要性を説いており,アメリカ合衆国の大学での育成の成功に言及し,その重要性を指摘した(『ザ・ワーク・オブ・ネーションズ』)。また,日本の大学においてもコンピテンシー,ジェネリックスキルといった汎用的な能力への注目が高まり,それらを含めた社会人基礎力,学士力(日本)といった能力の育成が求められている。一方,知識生産機能に関連しては,産学連携としての共同研究・受託研究や特許のライセンシング,さらには大学からのスピンオフ企業の誕生・拡大が進んでいる。知識基盤社会において大学が経済成長のエンジンとしてさまざまな形で注目されてきている。
著者: 島一則

参考文献: ドラッカー,P.F. 著,上田惇生訳『断絶の時代』ドラッカー名著集,ダイヤモンド社,2007.

参考文献: ドラッカー,P.F. 著,上田惇生訳『イノベーションと企業家精神』ドラッカー名著集,ダイヤモンド社,2007.

参考文献: ダニエル・ベル著,内田忠夫ほか訳『脱工業社会の到来』上・下,ダイヤモンド社,1975.

参考文献: マイケル・ギボンズ編著,小林信一監訳『現代社会と知の創造―モード論とは何か』丸善ライブラリー,1997.

参考文献: 野中郁次郎・竹内弘高著,梅本勝博訳『知識創造企業』東洋経済新報社,1996.

参考文献: ロバート・B. ライシュ著,中谷巌訳『ザ・ワーク・オブ・ネーションズ―21世紀資本主義のイメージ』ダイヤモンド社,1991.

参考文献: 小林信一「知識社会の大学―教育・研究・組織の変容」,日本高等教育学会『高等教育研究』4,2001.

出典 平凡社「大学事典」大学事典について 情報

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