社会的勢力(読み)しゃかいてきせいりょく(英語表記)social power

最新 心理学事典 「社会的勢力」の解説

しゃかいてきせいりょく
社会的勢力
social power

社会勢力とは,他者態度行動,情動になんらかの影響を及ぼすことのできる潜在的な能力である。社会的影響力social influenceともいう。フレンチFrench,J.R.P.とレイブンRaven,B.H.(1959)は,そうした能力がどのような要因を基盤にしているかという観点から社会的勢力を5種類に分類した。すなわち,報酬勢力reward power,強制勢力coercive power,専門勢力expert power,正当勢力legitimate power,準拠勢力(参照勢力)referent powerである。彼らは,これらの社会的勢力の基盤を社会的影響過程における受け手の立場から分類した。つまり,これらの社会的勢力は受け手の認知に依存しているということである。

 報酬勢力とは,送り手が受け手の望んでいるもの(報酬)を提供できることに基づいた社会的勢力である。受け手にとって報酬となるものを保持し,コントロールできるほど,受け手に対して勢力を保持することになる。逆に,受け手が回避したいと思う罰を保持し,コントロールできるほど,送り手は強制勢力を保持することになる。多くの場合,受け手は,送り手からある行動を取らないと罰を与えるという警告を受ける形で,送り手のもつ強制勢力を認識することになるが,罰を回避するためには送り手のいうとおりに行動する以外はないという意味で強制勢力とされている。別の形の報酬として専門的知識が存在する。専門家として知識や技能に基づいた社会的勢力が専門勢力である。法律,医療,建築,音楽など特定の領域において十分な知識がある,経験を積んでいると受け手が認識すると,受け手はその領域における送り手からの影響を受けやすくなる。そうした専門勢力は,パソコンに強い上司,映画に明るい友人という形でも存在するが,社会的には,特定の資格や地位がその専門性に付随していることが多い。特定の社会的地位にいることによって生じる影響力を正当勢力とよんでいる。受け手が,送り手のことを「自分の上司である,目上である」などという認識をもち,そうした高地位者からの働きかけには従うべきであるという社会的規範内在化している場合には,その送り手は正当勢力を保持することになる。そうした社会的地位ではなく,送り手の存在自体に自分の理想像を投影する場合は,送り手が準拠勢力を保持するといえる。すなわち,ある判断を下したり,行動を取ったりする場合,その送り手ならばどのように判断し,行動するかを参照し,その影響を受ける場合である。

 その後,レイブン(1992)の挙げた情報勢力informational powerは,受け手に働きかける場合に,根拠のある,信頼できる論拠を生成できることに基づいた影響力である。通常,専門家であれば(専門勢力を保持していれば),情報勢力も増える可能性が大きい。両者の違いは,専門勢力の場合,一度,受け手から専門家であると認識されれば,かつ,専門領域内の事柄であれば,他の状況でも(専門)勢力をもちうるが,情報勢力の場合は,個々の状況ごとに説得力ある論拠を生み出すことが必要となる。

 フレンチとレイブン(1959)の挙げた社会的勢力の場合は,一般に送り手の方が受け手よりもなんらかの資源を保持しているが,資源を保持していない個人であっても他者に社会的勢力をもちうることがある。それがレイブン(1992)の挙げる対人関係勢力,あるいは共感喚起影響力(勢力),役割関係影響力(勢力)である。対人関係勢力は,資源のない個人が資源を保持する個人との対人関係(コネクション)を利用することによって社会的勢力をもちうる場合である。共感喚起影響力(勢力)は,自分の苦境を効果的に提示し,他者からの支援を引き出すことができる場合である。最後に,役割関係影響力(勢力)は,社会的な役割関係(たとえば,地域住民-自治体)に基づいて,社会的に守られるべき立場にいる個人が,その社会的規範に基づいて自分たちが受けるべき権利を主張するような場合である。 →社会的影響
〔今井 芳昭〕

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「社会的勢力」の意味・わかりやすい解説

社会的勢力
しゃかいてきせいりょく
social power

他者(個人または集団)を自分の意志どおりに行動させることができる能力をいう。一般に人間の行動は目的と達成手段との組み合わされた進路をとり、この行動進路は広い意味で政策policyとよべる。ラスウェルなどの現代政治学者たちは、勢力とは他者の政策作成に介入しうる能力であり、行動者Aが他者Bの政策作成に介入し、もしそうでなかったらBがとったであろう行動進路とは別の、Aが指定した行動進路をBにとらせることができたとき、AはBに対して勢力を及ぼした、という操作的定義を与えている。

 勢力は、もっとも広い意味では、しばしば影響力influenceと同義に用いられる。一般に影響力という場合は、影響者が示唆した行動を被影響者がとるかどうかは当人の任意である。これに反して、もし指示したとおり行動しなかったら、おまえが保持している、あるいは得ようと望む重要な価値(富、地位、名誉、極端な場合は生命)を剥奪(はくだつ)する(指示どおり行動すれば報酬を与える)という予想を他者に与えて、そのように行動せざるをえなくさせる強制的性格を伴った勢力は、権力とよばれる。M・ウェーバーが社会的勢力を「社会関係において、他者の抵抗を押し切っても自分の意志を貫徹しうるチャンス」と定義しているのは、この意味での権力である。権力の保持や行使が正当であるという社会的承認を得たとき、単なる強制力としての権力と区別して、権威または権限authorityとよばれる。権力の保持には、メリアムが指摘しているように、ミランダmiranda(恐威)とクレデンダcredenda(信威)とが不可欠である。権力は正当性の承認を得て安定し、制度化され、社会の権力構造を形成する。勢力には、及ぶ範囲(人々の数)、領域(経済的、政治的、知的、芸能的など)、強度があり、これらの総合によって勢力の大きさが決まる。勢力の大きさはどのようにして測定するかという問題は現在まだ未解決で、多くの議論が提起されている。

[森 博]

『H・D・ラスウェル著、永井陽之助訳『権力と人間』(1954・東京創元社)』『M・ウェーバー著、濱島朗訳『権力と支配』(1967・有斐閣)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「社会的勢力」の意味・わかりやすい解説

社会的勢力
しゃかいてきせいりょく
social power

社会において成立する,他者への服従を要求することを可能にする能力。その基礎となるものは,人間の種々の能力であるが,能力はただちに社会的勢力となるわけではない。それは他人に対して服従を要求するとき初めて社会的勢力になりうる。社会的勢力の成立の契機は,基本的に社会成員の行為的能力の差にある。この行為的能力の要素としては,武力,権力,富力,文化力があげられる。

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