アメリカの政治学者。イリノイ州ドネルソンに生まれる。1922年シカゴ大学卒業、1926年同大学で博士号獲得。1923~1925年にかけて、ロンドン、ジュネーブ、パリ、ベルリン各大学に留学。1924年シカゴ大学講師、その後助教授、準教授。1946~1970年エール大学教授。1970~1973年ニューヨーク市立大学ジョン・J・カレッジ教授。1973~1975年テンプル大学教授。1955~1956年アメリカ政治学会会長。1970~1972年アメリカ国際法学会会長を務めた。
研究活動は多面にわたり、その主要な領域は次のとおりである。(1)権力と人格の相互作用。これは精神分析の手法を用いて権力人を分析したもの。著書『権力と人間』(1948)に代表される。(2)政治の理論的枠組みの研究。哲学者A・カプランAbraham Kaplan(1918―1993)との共著『権力と社会』Power and Society(1950)がその例である。(3)エリート研究。これは分析の観点を示すのにとどまらず、1890年以降の世界における政治変動の一つの測定基準とされている。彼の編集した『世界革命のエリート』World Revolutionary Elites(1965)はこの分野を代表する。(4)象徴、コミュニケーション、政治宣伝の研究。この面の研究は初期と中期に多く、数量化による内容分析(量的意味論)が中心の『政治の言語』Language of Politics(共著)はその例である。(5)決定過程の研究と政策科学。「決定」はラスウェルの権力論の中心であり、決定作成の過程が入念に理論化されている。決定の内容である政策は、社会過程の全体のなかで、問題志向的かつ総合的に整序される。この面を代表する著作は『政策科学概論』A Preview of Policy Sciences(1971)である。(6)政治、行政関連職の養成のための教育と制度。これは中期と後期に情熱を注いだ研究領域である。『政治学の将来』The Future of Political Science(1963)は(5)(6)との関連で公共政策の担い手の養成とその組織化を提起している。
[小林丈児 2018年12月13日]
『ラスウェル著、久保田きぬ子訳『政治――動態分析』(1959・岩波書店)』▽『永井陽之助訳『権力と人間』改訂新版(1961・東京創元社)』
アメリカの政治学者。イリノイ州出身。シカゴ大学卒業後,ヨーロッパに留学。シカゴ大学準教授などを経て,1946年イェール大学教授となる。C.E.メリアムなどとともにシカゴ学派の中心であった。1955年アメリカ政治学会会長となった。彼の研究分野は多岐にわたるが,政治学にS.フロイトの精神分析学の手法を導入したことで著名である。政治行動の無意識,下意識のレベルを実証的に研究しようとするアプローチは,とりわけファシズム,ナチズムの分析に用いられ,その後の政治学の発達にも大きな影響を与えた。また政治を,エリート,対抗エリート,大衆の相互のダイナミックスとしてとらえようとするエリート・権力理論など,理論的枠組みの構築にも寄与している。第2次世界大戦後は政治学の実践的側面に関心をもち,政策学を提唱した。ラスウェルは政治を科学的に分析する政治行動論のパイオニアの一人とされている。主著に《政治Politics:Who Gets What,When,How》(1936),《権力と人間Power and Personality》(1948)など。
執筆者:岡村 忠夫
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…このような政治観が,市民国家の階級的役割を粉飾するのに役立っているとしたK.マルクスは,政治すなわち成員全体を拘束する統一的な決定は,権力を握る支配階級の利益のために形成され維持されると論じた。政治を,かぎられた社会的価値の権威的な配分過程と定義する現代のD.イーストンや,政治は社会的価値を争奪してエリートが上昇していく過程だとするH.D.ラスウェルらは,階級社会観を前提としていないものの政治の役割を限定的に考える点で,市民社会以来の伝統を継いでいる。 しかし,20世紀の福祉国家の時代を背景にして,政治にもっと積極的な機能を認める考え方がますます有力になっている。…
…そこで彼らは,フロイト的な深層心理解釈を採り入れて政治現象を分析する手法を開発するかたわら,統計や調査結果を数量的に処理して政治現象を客観的に測定・分析する道を開いた。その中心的理論家H.D.ラスウェルは,このようにして形成される新しい政治学は,国家や政府だけではなく社会のあらゆる場で見られる権力現象の研究を対象とし,その素材は集団の制度や人びとの主義主張ではなく,主観的な解釈を排した諸個人の客観的な行動であるという立場を鮮明に打ち出した。その意味で,こういう実証主義的な政治学の主張は,後に政治行動論と呼ばれるようになる。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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