改訂新版 世界大百科事典 「神経分泌」の意味・わかりやすい解説
神経分泌 (しんけいぶんぴつ)
neurosecretion
神経細胞がホルモンを合成し分泌する現象をいう。脊椎動物では間脳の一部,視床下部にある一部の神経核(神経細胞の細胞体が比較的密に群をつくって存在する部分)の神経細胞がこの現象を示す。このような細胞を神経分泌細胞neurosecretory cellという。その軸索末端は脳下垂体神経葉(後葉ともいう)に終わるものと,正中隆起と呼ばれる部分に終わるものとがある。前者は哺乳類の場合,オキシトシンとバソプレシンの2種のホルモンを生産,分泌している。後者は黄体形成ホルモン放出ホルモン(LRH),甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン,成長ホルモン抑制ホルモンなど,脳下垂体腺葉(前葉と中葉)のホルモンの放出を起こさせるホルモンや放出を抑制するホルモンを生産,分泌している。魚類には脊髄の後端近くに尾部下垂体があり,脊髄のこれよりやや前方にある神経分泌細胞で合成されたウロテンシンが,軸索でこの尾部下垂体まで運ばれ分泌される。無脊椎動物にも神経分泌細胞は存在し,昆虫では脳に前胸腺刺激ホルモンを合成分泌する神経分泌細胞が存在することはよく知られている。神経分泌細胞を電子顕微鏡で観察すると,直径が数十nmから200nm(1nmは10⁻9m)の膜構造でおおわれ,中央に電子線を通しにくい部分のある顆粒(かりゆう)が多数存在していることがわかる。この顆粒はゴルジ体でつくられ,中に神経分泌ホルモンを含んでおり,神経分泌顆粒と呼ばれている。神経分泌顆粒は軸索の末端に多数集まっている。また,軸索の途中に神経分泌顆粒が局所的にかたまって存在する部分があり,ヘリング小体と呼ばれている。
視床下部の神経分泌細胞のうち脳下垂体神経葉に末端をもつものは,ゴモリGomori染色法のクロムアラム・ヘマトキシリン,あるいはパラアルデヒド・フクシンで青く染色される。これは細胞内の物質が染色されるのであり,この物質は神経分泌物質と呼ばれている。この物質は,ニューロフィジンと呼ばれるタンパク質とオキシトシンやバソプレシンとが結合した状態の物質で,神経分泌顆粒の中に存在する。したがって,オキシトシンやバソプレシンは本来もっと大きな分子として合成され,分泌に際して小分子のホルモンとなることがわかる。神経分泌細胞の存在は1928年シャラーErnst Scharrer(1905-65)によって明らかにされたが,この学説が一般に受け入れられたのは1960年代になってからといえよう。
執筆者:石居 進
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報