福山八幡宮(読み)ふくやまはちまんぐう

日本歴史地名大系 「福山八幡宮」の解説

福山八幡宮
ふくやまはちまんぐう

[現在地名]福山市北吉津町

福山城跡のある常興寺じようこうじ山背後の松廼尾まつのお山にあり、東西に東宮ひがしのみや西宮にしのみやが並ぶ。両社同様の構造の建築で、独特の景観である。両社八幡宮と通称し、福山城下の総鎮守であった。応神天皇ほかを祀り、旧県社。

東宮はもと城下神島かしま下市しもいちにあって城下町民の産土神であったが、水野勝俊の代に神島町大火類焼、城下しん延広のぶひろに移転、さらに天和三年(一六八三)現在地に遷座。もと惣堂そうどう神社と称したが、寛文二年(一六六二)頃延広八幡と改称している。西宮はもと野上のがみ村の鎮守八幡であったが、神辺かんなべ(跡地は現深安郡神辺町)城主杉原盛重が常興寺山の樫木かしぎ谷に移建していたものを、福山城築城のため再び野上の故地に遷座、天和三年現在地に移して野上八幡あるいは若宮八幡と称して福山藩士および野上・多治米たじめの産土神とした。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ) 「福山八幡宮」の意味・わかりやすい解説

福山八幡宮
ふくやまはちまんぐう

広島県福山市北吉津(きたよしづ)町に鎮座。応神(おうじん)天皇、神功(じんぐう)皇后、比売大神(ひめおおかみ)を祀(まつ)る。1619年(元和5)、福山城が現在地に造営される際、その地にあった二つの八幡宮が野上(のがみ)口(西宮)、延広(のぶひろ)小路(東宮)に遷座された。ついで1683年(天和3)、松廻尾(まつのお)山の現社地に福山八幡宮西宮・東宮として、同一構造に相並び遷座され、1969年(昭和44)の両神社法人格合併まで、それぞれ独立の旧県社であった。例祭は10月10日で、神輿(みこし)が巡行しにぎわう。

[白山芳太郎]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

デジタル大辞泉プラス 「福山八幡宮」の解説

福山八幡宮

広島県福山市にある神社。応神天皇などを祀る。別の場所の場所にあった2つの神社を遷座、合併したもの。

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