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福田豊四郎 ふくだ とよしろう

美術人名辞典の解説

福田豊四郎

日本画家。秋田県生。名は豊城。川端龍子土田麦僊に学ぶ。京都絵専卒。吉岡堅二小松均らと山樹社を結成、のち創造美術協会を創立、新制作協会に合体し、その会員となる。毎日美術賞受賞。昭和45年(1970)歿、65才。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

福田豊四郎 ふくだ-とよしろう

1904-1970 昭和時代の日本画家。
明治37年11月27日生まれ。川端竜子,土田麦僊(ばくせん)に師事。昭和5年「早苗曇り」が帝展で特選。新美術人協会,創造美術の創立に参加。26年新制作協会会員。40年武蔵野美大教授。昭和45年9月27日死去。65歳。秋田県出身。京都市立絵画専門学校(現京都市立芸大)卒。本名は豊城。作品に「秋田のマリヤ」など。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

福田豊四郎
ふくだとよしろう
(1904―1970)

日本画家。秋田県鹿角(かづの)郡小坂町に生まれる。本名豊城。鹿子木孟郎(かのこぎたけしろう)、川端龍子(かわばたりゅうし)に学び、1923年(大正12)土田麦僊(ばくせん)について翌年から国画創作協会展に出品する。25年京都市立絵画専門学校に入学。28年(昭和3)同校を卒業し、ふたたび川端龍子に師事して31年には青龍社(せいりゅうしゃ)社人となる。33年青龍社を離れ、翌年吉岡堅二(けんじ)らと新日本画研究会を結成。38年にはこれを新美術人協会として一部の注目を集めた。第二次世界大戦後は48年(昭和23)に吉岡堅二、上村松篁(うえむらしょうこう)、山本丘人(きゅうじん)らと創造美術結成に参加。51年からは新制作協会会員となる。以後、新制作展、日本国際美術展などに出品し、56年毎日美術賞を受けた。代表作に『秋田のマリヤ』『ふるさとへ帰る』などがある。[二階堂充]
『福田豊四郎画集刊行委員会編『福田豊四郎画集』(1979・秋田魁新報社) ▽福田文・武塙林太郎監修『福田豊四郎素描集』(1982・秋田魁新報社)』

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