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禰寝氏 ねじめうじ

世界大百科事典 第2版の解説

ねじめうじ【禰寝氏】

平安時代以来の大隅国(鹿児島県)の豪族。建部姓。正八幡宮領禰寝院南俣(肝属郡根占町)を本拠とする。鎌倉時代には幕府の御家人となり,初代清重が地頭・郡司職を兼ね以後世襲した。系図では平氏の子孫を称する。同族に田代,佐多氏があり,鎌倉時代末から南北朝時代にかけて一族が繁衍(はんえん)した。支族に西本,池端,角氏等があり,彼らは連合して行動をとった。島津荘禰寝院北俣(肝属郡大根占町)をも併領。7代清成,8代清有,9代久清らは武家方の畠山直顕島津貞久らに属し勢力を拡大,肝付兼重,楡井頼仲・頼重ら南党に対抗して大隅,日向,薩摩の各地に転戦した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

禰寝氏
ねじめうじ

南九州の武家。大隅国(おおすみのくに)(鹿児島県)禰寝院富田城(とみたじょう)を本城とし戦国時代まで大隅半島南部を所領とした。1203年(建仁3)に鎌倉幕府によって禰寝院南俣(みなみまた)すなわち小禰寝院(現南大隅町、錦江(きんこう)町)の地頭(じとう)に任命された清重(きよしげ)に始まる。出自については平姓(へいせい)説、藤原姓説があるが、郡司建部(たてべ)姓系である。勢力を拡大し禰寝院北俣(きたまた)(現錦江町、鹿屋(かのや)市大姶良(おおあいら)など)を領有したが、1573年(天正1)戦国大名島津氏に降(くだ)った。1595年(文禄4)薩摩国(さつまのくに)吉利(よしとし)(日吉(ひよし)町)へ召し移された。相伝された文書のおもなものは『禰寝文書』として刊行されている。[三木 靖]

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世界大百科事典内の禰寝氏の言及

【佐多氏】より

…平安時代以来大隅国禰寝院(ねじめいん)南俣(現在の鹿児島県肝属郡根占,佐多,田代町)を本拠とする豪族。(1)禰寝氏(建部姓)の一族。所領佐多の名を負う。…

※「禰寝氏」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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