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窪田静太郎 くぼた せいたろう

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

窪田静太郎 くぼた-せいたろう

1865-1946 明治-昭和時代前期の官僚,社会事業家。
慶応元年9月22日生まれ。窪田善之の長男。内務省衛生局長,行政裁判所長官,枢密顧問官を歴任。この間伝染病予防法,癩(らい)予防法の制定につくし,欧米の保健制度を紹介する。明治41年中央慈善協会を設立。昭和21年10月6日死去。82歳。備前(岡山県)出身。帝国大学卒。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典 第2版の解説

くぼたせいたろう【窪田静太郎】

1865‐1946(慶応1‐昭和21)
内務官僚出身の社会事業家。岡山に生まれ,帝国大学法科大学卒業後内務省に入る。参事官,衛生局長,行政裁判所長官,枢密顧問官を歴任した。この間,伝染病予防法(1897),癩予防法(1907)の制定に尽力するとともに,1900年貧民研究会を設立し,08年中央慈善協会の創設にも努めた。国際衛生・人口会議に政府代表として出席したのを機に,欧米の保健制度や救済制度を調査し,日本に紹介した。《貧民救済制度意見》(1900)の中で,窮民救助より社会の公益を優先して考え,防貧の重視を説いている。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

窪田静太郎
くぼたせいたろう
(1865―1946)

社会事業家。岡山県生まれ。東京帝国大学法科大学卒業。内務省の要職を経て枢密顧問官にも任ぜられた。この間、伝染病予防法(1897年施行、1999年廃止)、癩(らい)予防法(1907年施行、1996年廃止)などの制定に功績があった。在野の関係者と協力して貧民研究会(1900)を設立、中央慈善協会(1908)創設にも尽力した。欧米の救済制度、保護制度の調査・紹介も行い、社会連帯主義、社会事業を社会主義への予防策と考える立場をとった。[小倉襄二]
『日本社会事業大学編・刊『窪田静太郎論集』(1980)』

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