コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

竟陵派 きょうりょうはJing-ling pai

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

竟陵派
きょうりょうは
Jing-ling pai

中国,明末の文学の一流派。湖北の竟陵 (天門県) 出身の鍾惺 (しょうせい) と譚元春が中心人物となっていたのでこの名がある。古文辞派擬古主義に反対する点,袁宏道らの公安派と同じ主張であったが,軽薄卑俗に走った公安派末流をさらに批判して「幽深孤峭 (こしょう) 」を標榜し,その立場から古代から唐にいたる作品を個性的に選び批評を加えた『古詩紀』『唐詩紀』を共編した。実作にあっても着想,表現の寂しさと深みを追求し大いに流行したが,やや現実から遊離して奇趣に陥ったとされる。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

世界大百科事典 第2版の解説

きょうりょうは【竟陵派 Jìng líng pài】

中国,明代末期(16世紀末~17世紀初め)に活躍した文学者のグループで,鍾惺と譚元春を代表者とする。ともに湖北省竟陵の出身。明代の文壇は16世紀初めから〈古文辞〉を標榜する擬古主義が大勢を占め,公安派など一部の革新派による批判も,その大勢を崩すことはできなかった。鍾・譚の両人は協力して《古詩帰》15巻と《唐詩帰》36巻を著した。総称して《詩帰》という。これは注釈でなくて評論であり,しかも従来の解釈を初めから無視して,彼ら独自の奔放闊達な批評や印象のみを語った破天荒な詩論書であった。

出典 株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について 情報

大辞林 第三版の解説

きょうりょうは【竟陵派】

中国、明末の詩派の一。湖北省竟陵の鍾惺しようせいと譚元春たんげんしゆんの両者が公安派に対抗して自由な作詩を主張し、難解な詩を作った。その詩体を鍾譚体という。

出典 三省堂大辞林 第三版について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

竟陵派
きょうりょうは

中国、明(みん)代の詩派。公安派にやや遅れ、明の万暦・天啓年間(1573~1627)に同じく古文辞派を攻撃した湖北省竟陵出身の鍾惺(しょうせい)、譚元春(たんげんしゅん)らの詩派。その主張は公安派の袁宏道(えんこうどう)のそれを受け、模倣を否定して自己の真情を重視するものであったが、そうした真詩をつくるにふさわしい精神的努力を自らに課した点において、それと相違している。この主張に基づき、古人の真詩を鍾譚2氏が選択批評した『詩帰』(『古詩帰』15巻、『唐詩帰』36巻、1617刊)は、明の天啓年間(1621~27)から清(しん)の乾隆(けんりゅう)年間(1736~95)にかけ一世を風靡(ふうび)した。しかし詩の実作はその主張にそぐわず、みるべきものはない。竟陵派の作品としては、むしろ劉(りゅうどう)の『帝京(ていけい)景物略』に代表される散文をあげるべきであろう。[大塚秀高]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

世界大百科事典内の竟陵派の言及

【中国文学】より

…これらに反対して宋詩のすぐれた点を見なおし,その長所を取り入れるべきだと論ずる人もあった。袁宏道(えんこうどう)(中郎)を中心とする公安派と,鍾惺(しようせい)らの竟陵(きようりよう)派とである。この論争は清朝まで尾を引く(日本では格調派と性霊派とよばれる)。…

※「竟陵派」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

竟陵派の関連キーワード性霊説作詩

今日のキーワード

いい夫婦の日

11月22日。通商産業省(現経済産業省)が制定。パートナーへの感謝の意を示し、絆を深める。...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android