コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

篠原助市 しのはらすけいち

5件 の用語解説(篠原助市の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

篠原助市
しのはらすけいち

[生]1876.6.6. 愛媛
[没]1957.8.2. 湯河原
教育学者。 1916年京都大学哲学科卒業。奈良女子高等師範学校講師を経て,19年東京高等師範学校教授。 22年欧米に留学ののち,23年東北大学教授,30年東京文理科大学教授,文部省督学官兼調査部長などを兼任,41年同大学名誉教授

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

百科事典マイペディアの解説

篠原助市【しのはらすけいち】

教育学者。愛媛県生れ。東京高等師範(のち東京教育大学),京大哲学科卒。東京文理科大(のち東京教育大学)教授。ドイツの教育思想を紹介し,批判哲学に立つ観念論教育哲学を確立した。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

篠原助市 しのはら-すけいち

1876-1957 大正-昭和時代の教育学者。
明治9年6月6日生まれ。東北帝大教授などをへて,昭和5年東京文理大(のちの東京教育大)教授。ドイツの批判哲学にもとづく教育論は,大正時代新教育運動に影響をあたえた。のち文化教育学の立場から民族主義を絶対化。戦後は民主主義による新教育を追求した。昭和32年8月2日死去。81歳。愛媛県出身。京都帝大卒。旧姓は越智。著作に「理論的教育学」など。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典 第2版の解説

しのはらすけいち【篠原助市】

1876‐1957(明治9‐昭和32)
教育学者。愛媛県に生まれる。東京高等師範学校,京都帝国大学に学び,東京高等師範学校,東北帝国大学,東京文理科大学教授を歴任,教育学を講じた。教育の任務は,〈自然の理性化〉と〈人の歴史化〉にあり,教授の本質は単なる受動でも,自由な発動でもなく,両者を弁証法的に止揚した〈受動的発動〉であると説いた。ドイツ観念論哲学および教育学の影響のもとで,とくに教授の弁証法的把握に関し独自の見解を示した。《理論的教育学》(1929),《教育学》(1939),《教授原論》(1942),《訓練原論》(1950),《欧州教育思想史》(1950)などの著作がある。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

大辞林 第三版の解説

しのはらすけいち【篠原助市】

1876~1957) 教育学者。愛媛県生まれ。京大卒。教育学研究のかたわら文部省で内外の学制を調査、国民学校の教育内容策定に参画した。

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

篠原助市の関連キーワード簡野道明高等師範学校田中啓爾広島大学吉田熊次垣内松三小川太郎土谷フデ町田則文東京高等師範学校

今日のキーワード

信長協奏曲(コンツェルト)

石井あゆみによる漫画作品。戦国時代にタイムスリップした現代の高校生が病弱な織田信長の身代わりとして生きていく姿を描く。『ゲッサン』2009年第1号から連載開始。小学館ゲッサン少年サンデーコミックス既刊...

続きを読む

コトバンク for iPhone