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米州自由貿易圏 べいしゅうじゆうぼうえきけんFree Trade Area of the Americas;FTAA

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

米州自由貿易圏
べいしゅうじゆうぼうえきけん
Free Trade Area of the Americas;FTAA

投資の障壁を撤廃することによって南北アメリカ全域にわたって成立する自由貿易圏。この構想は 1990年 G.H.W.ブッシュ米大統領が中南米諸国に対する支援策として同地域に自由貿易地域を成立させることを提唱したことに始まる。これを契機に中南米地域では南米南部共同市場 (メルコスール) やアンデス自由貿易圏など地域経済の統合が進んだ。一方,1989年にアメリカとカナダの間で発効した米加自由貿易協定に 1994年メキシコが参加して北米自由貿易協定となり,北米には一大自由貿易圏が成立した。 1994年にフロリダ州マイアミで開かれた南北アメリカ首脳会議 (米州サミット) 第1回会議では,こうした各地域の経済統合の枠をこえて南北アメリカ全域の経済統合を目指す米州自由貿易圏 FTAAの創設を決定。 2001年の第3回会議ではキューバを除く南北アメリカとカリブ海諸国の全 34ヵ国が 2005年までに FTAAを発足させることに合意した。 FTAAが発足すれば人口8億人を有する世界最大の貿易圏となる。 FTAAの創設で,アメリカはヨーロッパ連合 EUや日本・東アジア圏に対抗する経済勢力を築くことを目指し,中南米諸国は巨大なアメリカ市場の確保と投資流入の拡大による経済の活性化を期待する。

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米州自由貿易圏【べいしゅうじゆうぼうえきけん】

アメリカ自由貿易圏

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

米州自由貿易圏
べいしゅうじゆうぼうえきけん
Free Trade Area of the Americas

米州全体の経済統合を目ざす貿易圏構想。略称FTAA。1998年4月18日~19日、チリのサンティアゴで開かれた米州34か国首脳会議(米州サミット、キューバのカストロ政権を除く)で、2005年のFTAA創設を目ざして交渉を開始することが本決まりとなった。FTAA創設は1994年の米州サミットで合意をみたが、二国間交渉方式を主張するアメリカと、アメリカ主導の北米自由貿易協定(NAFTA(ナフタ))に取り込まれることを警戒し、既存の地域的自由貿易圏を基盤とする相互取決めで南北アメリカ全体の自由貿易圏創設を目ざす中南米との対立で交渉のスタートが遅れていた。1997年夏の東南アジアの金融危機に始まる世界経済の先行き不安で、米州を一丸とする自由貿易圏創設の緊要性が認識され、二国間・多国間両様の方式での交渉開始が決定したのである。しかし、交渉分野によっては各国の意見の相違が大きく、2004年2月の貿易交渉委員会を最後に交渉は停止し、以降は消滅状態となっている。[高橋 正]

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