甲状腺機能低下症hypothyroidismとほぼ同義に用いられるが,出生後早期に発症し,特有の発育障害を起こすクレチン病(クレチン症ともいう)は,別の疾患として扱われる。甲状腺機能低下症は,甲状腺からのホルモン分泌が減少し,血液中の遊離甲状腺ホルモン濃度が低下して,特有の臨床症状または生化学的変化を伴っている状態をさす。粘液水腫という名称は,体内の甲状腺ホルモンの欠乏した患者では皮膚内に粘液様の物質がたまって,むくんで(腫張)みえるためにつけられた。しかし,このむくみは心臓や腎臓の疾患のときの浮腫と違い,指で押しても圧痕を残さない。甲状腺機能低下症をもたらす疾患のうち最も頻度が高いのは慢性甲状腺炎である。慢性甲状腺炎の患者の約半数は甲状腺ホルモンが欠乏してくるといわれるが,このなかには一過性の甲状腺機能低下症もあることが知られるようになったので,治療上注意が必要である。次に頻度が高いのは医原性の甲状腺機能低下症で,バセドー病の放射性ヨード治療後や甲状腺およびその周辺の癌の手術後等がある。ほかに胎生期の甲状腺の形成異常や甲状腺ホルモンの合成に関与する酵素の異常,食事中のヨード量の極端な欠乏によるものもある。さらに甲状腺は正常でも脳下垂体の異常によってTSH(甲状腺刺激ホルモン)の分泌が不足したとき(これを二次性甲状腺機能低下症という)や,視床下部の疾患でTRH(甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン)の分泌が障害されたとき(これを三次性甲状腺機能低下症という)にも,甲状腺ホルモンの分泌は減少する。粘液水腫の症状の特徴は組織における代謝がゆっくりになることである。患者は動作が緩慢で,話し方や思考も遅くなり,物忘れが激しくなる。皮膚は厚く,発汗が少なく乾燥して冷たい。頭髪や眉毛は抜けやすくなり,顔や手足の皮膚がむくむ。声がかれることもある。脈拍は遅くなり,便秘に苦しむ。女性では月経過多となる。まれには胸水や心囊水がたまることもある。また,まれではあるが,重症の甲状腺機能低下症が続くと意識障害や呼吸不全になることがあり,粘液水腫昏睡と呼ばれる。治療は甲状腺ホルモン剤の使用である。薬剤としてはチロキシン(T4)製剤とトリヨードチロニン(T3)製剤,乾燥甲状腺末があるが,最近では前2者がおもに用いられる。少量から投与を開始して徐々に増量し,血液中の甲状腺ホルモン濃度をつねに正常に保つように維持する必要がある。
→甲状腺
執筆者:葛谷 信明
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甲状腺(せん)機能が低下すると、全身の皮下にムチン(外分泌腺から分泌される粘液物質)がたまり、浮腫(むくみ)状となるためこの病名がつけられたが、最近ではこのような状態になる前に甲状腺機能低下症が診断されるようになった。そこで、正確にいえば重症の甲状腺機能低下症をさすべきであるが、しばしば甲状腺機能低下症と同義語的に用いられる。
[鎮目和夫]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…心不全による全身性の鬱血性水腫はおもに下肢にみられるが,血漿の膠質浸透圧の低下によりおこる水腫は組織圧の低い眼瞼に最初に現れる。(4)組織の膨化圧の増加,その他 組織の膨化圧の亢進による水腫は組織のタンパク質分子が水分子を吸着する結合力が異常に亢進しておこるもので,甲状腺ホルモンの欠乏による粘液水腫はこの例である。組織液内の塩化ナトリウムないしナトリウムイオン量が増加すると,その浸透圧が上昇し水分を組織間に貯留し水腫がおこる。…
※「粘液水腫」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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