ドイツの医師K.A.vonバゼドーにより1840年に報告された甲状腺腫,眼球突出および頻脈を特徴とする疾患。同一の疾患は,1800年にイタリアのフライアーニGiuseppe Flaiani(1741-1808)が,25年にはイギリスのパリーCaleb H.Parry(1755-1822)が(死後発表),また35年にはアイルランドのグレーブズRobert J.Graves(1797-1853)が,それぞれ独立に発表しており,国によってフライアーニ病とかパリー病とか呼んでいたが,現在国際的にはグレーブス病が病名として用いられている。日本ではドイツ医学が主流であったため,現在でもバセドー病が診断名として用いられている。
バセドー病は20歳から50歳の女性に多く,日本人での頻度は1000人に1人くらいとされている。大多数の患者では,甲状腺が腫大し,大きくなると前頸部にチョウが羽を広げたような形に輪部がみられるようになる。甲状腺ホルモンの合成と分泌が亢進するため血液中のホルモン濃度も上昇し,甲状腺機能亢進症状が出現する。バゼドーの記した頻脈は甲状腺機能亢進症状の一つである。ほかに動悸,だるさ,いらいら,食欲亢進,発汗,手指の震え,体重減少,微熱,下痢,不整脈などもよくみられる。一方,甲状腺機能亢進症とは必ずしも並行しないバセドー病に特有の症状として,眼球突出と下腿の限局性粘液水腫がみられることがある。前者は眼窩(がんか)内の組織の増加による眼球の前方への突出と上眼瞼挙筋の収縮による上まぶたの後退があり,眼は見開いて光輝をおびた感じとなる。後者は下腿の前面下部や足背部の皮内に限局性にムチン様物質がたまり,指で押しても陥没を残さない。バセドー病は徐々に発病し年余にわたる経過をたどることが多いが,ときには急激に症状の悪化をみることがあり,甲状腺クリーゼと呼ばれる。また慢性甲状腺炎との合併ないしは移行をみることもある。バセドー病の病因はまだ明らかにされていないが,甲状腺に対する自己免疫現象が関与していることは確かである。多くの患者の血清中には甲状腺を刺激する作用をもつ免疫グロブリンが検出される。
このような異常甲状腺刺激物質によって自己の甲状腺が過剰に刺激され,甲状腺ホルモンの合成および分泌が増えているのではないかと考えられている。最近では,この免疫グロブリンはTSH(甲状腺刺激ホルモン)の受容体に対する抗体ではないかとの仮説もある。
診断には,血中甲状腺ホルモン(T4,T3,遊離T4,遊離T3)濃度上昇,放射性ヨードの甲状腺摂取率増加,T3抑制試験で抑制されないこと,および抗甲状腺抗体や上述した異常甲状腺刺激物質が陽性となることが参考になる。治療法としては,抗甲状腺薬(日本ではメチマゾールとプロピルチオウラシルが使われる)の投与,放射性ヨードの投与および甲状腺亜全摘手術の3種類がある。どの方法にもそれぞれに長所と欠点があるので,患者の病状や社会生活上の適応を考慮して治療法を選択する。
→甲状腺
執筆者:葛谷 信明
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出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報
…両眼測定し,2mm以上の左右差がある場合は病的とされる。眼球突出を起こすおもな眼科的疾患としては,種々の眼窩腫瘍,眼窩内炎症,血管性病変等があり,また甲状腺機能亢進症(いわゆるバセドー病)でも起こることがある。その鑑別診断は,従来のレントゲン撮影や生検に加え,近年コンピューター断層撮影(CTスキャン)や超音波診断法の開発によって,以前より容易になってきている。…
…この細胞は発生学的には鰓後体(咽頭派生体の一つ)に由来するが,細胞には一般のタンパク質分泌細胞のように分泌顆粒がみられ,開口分泌によって血管周囲腔へ放出される。チロキシン【藤田 尚男】
【甲状腺の異常】
甲状腺の働きはいろいろの病気によって障害を受けるが,よく知られているのはバセドー病による機能亢進症であろう。それに対して,胎児期・乳児期以来の機能低下のために成長・発育・知能の発達が阻害されるクレチン症も古くから知られている。…
…バセドー病など甲状腺の病気などに際し,甲状腺の機能を調べる検査。甲状腺の機能検査を大別すると,(1)ホルモンの生成,分泌,(2)調節機序,(3)形態,(4)ホルモンの作用状態,(5)免疫の異常の有無等についての検査に分けられる。…
※「バセドー病」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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