日本大百科全書(ニッポニカ) 「経費膨張の法則」の意味・わかりやすい解説
経費膨張の法則
けいひぼうちょうのほうそく
Gesetz der zunehmenden Staatsausgaben ドイツ語
近代資本主義財政における経費支出が、しだいに膨張増大せざるをえないし、現実にそうなっているとする法則。19世紀末にドイツの財政学者アドルフ・ワーグナーが定式化して以来よく知られている。
膨張の原因としては、軍事費(公債費、植民地費を含む)、社会政策費、経済費の三つの増大があげられている。すなわち、列強による世界の植民地分割完了ののち、市場確保のための再分割の動きが激しくなり、これを強行または阻止するための軍事費の増大、国内における社会主義思想および労働運動のもたらした階級的緊張を緩和するための社会政策費の増大、そして後発資本主義国がキャッチアップするための産業助成費と、独占化によって自己回復機能を失った先進資本主義経済に財政が介入して資本主義体制を維持するための経済費の増大が、これである。
ワーグナーの経費膨張の法則については、それが厳密な意味での法則ではないとかドイツ財政膨張の弁護論にすぎないという批判がある。しかしそれが法則であるか否かは別にしても、第二次世界大戦後においても、軍事費、戦前の社会政策費にかわる社会保障費、そして公共事業を中心とする財政政策による経済費など、資本主義諸国の国家経費が膨張を続けて限界に達しつつあることは否めない。なお、第二次大戦後に、A・T・ピーコックとJ・ワイズマンは、二つの新しい観点から、この経費膨張の法則についての説明を加えた。その一つは転位効果であり、もう一つは集中過程である。転位効果とは、経費膨張は戦争や不況などを契機に、これまでの経費の水準からさらに高い水準へと飛躍的に上昇し、これらの危機が収まっても、もとの水準へは戻らないということをいう。集中過程とは、この過程で中央政府が地方政府の機能をしだいに吸収していく傾向が認められるということである。経費膨張の原因についての解釈にも、種々の論議がある。
[一杉哲也・大川 武]