給地(読み)きゅうち

百科事典マイペディアの解説

給地【きゅうち】

中世には領主が荘官(しょうかん)や地頭に給与した土地をいい,給田(きゅうでん)ともいう。江戸時代には大名家臣に与えた地,またはその支配権をいう。給知とも記し,給地を得た者を給人とよんだ。知行所という場合があったが,一般に旗本(はたもと)・御家人(ごけにん)の所領を知行所とし,大名の所領を領知として区別する。
→関連項目切米

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世界大百科事典 第2版の解説

きゅうち【給地】

給知とも書く。江戸時代,大名領主が家臣に与えた土地,あるいはその支配権。知行所と呼ばれることもあったが,大名の所領を領知,旗本・御家人の所領を知行所と呼んで区別した。給地を得たものを給人(きゆうにん)と呼んだ。【藤井 譲治】

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世界大百科事典内の給地の言及

【給人】より

…これらの人々は給主と呼ばれており,貴族社会において給人が給主と呼ばれていたことから考えると史料上には見えないが,彼らも給人と呼ばれた可能性がある。鎌倉時代に入ると荘園の下司職などの後身である地頭職などの所職を鎌倉殿より御恩として授かった人々を給人と呼び,その(しき)にともなう権利・義務の行使地を給地と呼んだ。そしてこの所職を授けられたことに対して給人は,鎌倉殿への軍役その他の奉仕を行う義務を負っており,前代の国衙領,荘園における給主たちと本質的な違いはない。…

【知行】より

…幕府は1664年(寛文4)将軍家綱の代に,全国の大名に対し領知判物,朱印状および領知目録をいっせいに発行したが(寛文印知),その結果を示す〈寛文朱印状〉(《寛文印知集》)によると,224家の大名の知行高合計は1781万4200石余であった。 大名の領地を支配関係によって大別すると,大名が直接支配し年貢を収納する蔵入地(くらいりち)と,家臣に宛て行う給地(家臣知行分)とに分けられる。そして後者すなわち家臣が給地を支配する形態には,地方(じかた)知行蔵米(くらまい)知行とがあった。…

※「給地」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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