切米(読み)きりまい

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

江戸時代の俸禄一種幕府旗本御家人中,知行所を受けない下級の者および大名家臣知行取でない中下級の者が,主君蔵米のうちから春,夏,冬の3回にけて与えられたもので,米何石と表現された。春,夏各4分の1を御貸米といい,冬の4分の2を御切米と呼ぶならわしもあった。諸藩にも類似の制度があり,切米取藩士身分をも示した。

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百科事典マイペディアの解説

中世には年貢(ねんぐ)米を分納すること,あるいはその年貢をいう。江戸時代では,将軍・大名が給地を持たない家臣に支給した俸禄(ほうろく)米。蔵米(くらまい)ともいう。知行(ちぎょう)地を与えられた者は知行取とよばれた。切米取への支給は,2月・5月に4分の1ずつ,10月に2分の1と3季に分けて行われるのが通例で,書替奉行の裏判を受けた受取手形を蔵奉行に提示して切米を受け取った。なお米でなく貨幣で支給される場合は市中の米値などを勘案して決められた。切米は札差(ふださし)を通じて現金に換えて生活費に充てた。
→関連項目地方知行

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世界大百科事典 第2版の解説

江戸時代,給地を持たない武士に主君が支給する俸禄米のこと。蔵米ともいう。江戸幕府においては,直属の家臣(旗本,御家人)のうちに,知行地を与えられた知行取と,知行地をもたない蔵米取がいたが,後者に与えられたものが切米である。切米の支給は通例,春(2月),夏(5月)に4分の1ずつ,冬(10月)に残りの全部を渡すのを原則とし,このうち春,夏の分を春借米(はるかりまい),夏借米と称し,冬の分を冬切米と呼んだ。

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精選版 日本国語大辞典の解説

〘名〙
① 中世、年貢を一定額で請け負うこと。また、その年貢。
※朽木文書‐文明九年(1477)四月二二日・富倉藤久代官職補任状「金輪院知行分年貢之内、契約切米」
② 江戸時代、幕府あるいは大名の家臣のうち、知行所を与えられていない者に対して、春(二月、年給額の四分の一)、夏(五月、同四分の一)、冬(一〇月、同二分の一)の三季に分割して支給される扶持米、あるいはそれ相当の金銭。また、それを支給すること。特に冬季のものを「切米」といい、その他を「御借米」という場合がある。
※天理本狂言・太子の手鉾(室町末‐近世初)「去年の御切米の残をさへくだされませぬによって、板かへし仕るちからが御ざらぬ」
③ (②から転じて) 一般雇人などの給料。給金。
※浮世草子・万の文反古(1696)一「年中の御つかひ金として弐百四十両相わたし、京より百両きりまいの御妾女弐人かかへ、此大ぶり袖の腰もとづかひ三人」

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旺文社日本史事典 三訂版の解説

江戸時代,旗本・御家人・諸藩士に米または金で支給された俸禄
支給をうける武士を切米取(蔵米取)という。幕府の場合,蔵米取は春(2月)・夏(5月)・冬(10月)の年3回扶持米をうけた。そのうち春・夏の分を御貸し米,冬の分を御切米と呼んだ。もと蔵米取は軽輩の御家人に限り,ほかは知行地を与えられる知行取であったが,江戸中期ころから知行取も名目化し蔵米取に移行した。

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世界大百科事典内の切米の言及

【扶持】より

…戦国時代以前にも,家臣に米を給することを扶持と呼んでいたが,江戸時代に入って制度的に整い,武士1人1日の標準生計費用を米5合と算定して,1ヵ月に1斗5升,1年間に1石8斗,俵に直して米5俵を支給することを一人(いちにん)扶持と呼び,扶持米支給の単位とした。これは知行(ちぎよう)高5石の蔵米取(くらまいとり)御家人が1年間に受け取る切米(きりまい)に相当する。扶持米の支給方法は,切米の支給に準じ,支配頭の裏書奥印のある扶持受取手形を御蔵(おくら)または御金蔵(おかねぐら)(金蔵)に持参して,米または金を受け取った。…

※「切米」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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