家庭医学館 「胃手術後障害」の解説
いしゅじゅつごしょうがいいしゅじゅつこういしょう【胃手術後障害(胃手術後遺症)】
胃の手術の後遺症を胃手術後障害(Postgastrectomy Disturbances)、または胃手術後遺症といい、おもに以下にあげるようなものがあります。
後遺症のおこりにくい術式を選ぶなど、いろいろな努力が試みられているのですが、発症してしまうこともあるのです。
胃手術後障害と思われる症状に気づいたら、手術を受けた医療機関に相談しましょう。カルテがあるので、術式などがわかり、より適切な対策を講じてもらえます。
いろいろな事情で手術を受けた医療機関を受診できないときは、消化器外科の専門医のいる医療機関を受診しましょう。
ダンピング症候群(しょうこうぐん)
骨代謝障害(こつたいしゃしょうがい)(骨障害(こつしょうがい))
逆流性食道炎(ぎゃくりゅうせいしょくどうえん)(「食道炎」)
輸入脚症候群(ゆにゅうきゃくしょうこうぐん)
胃切除後貧血(いせつじょごひんけつ)
ダンピング症候群(しょうこうぐん)
胃の手術を受けた人におこる食後の不快な症状をいいます。
食後に不快な症状がおこるのは、切った胃の吻合部(ふんごうぶ)(縫(ぬ)い合わせた部分)から空腸(くうちょう)(十二指腸(じゅうにしちょう)のつぎにある小腸(しょうちょう))に食物が急速に墜落(ダンプ)するのが原因と考えられるので、ダンピング症候群と名づけられています。
■早期ダンピング症候群
不快な症状が食後30分以内におこる場合に、早期ダンピング症候群といいます。
●症状
全身のだるさ、冷や汗、頻脈(ひんみゃく)、めまいなどの全身症状と、腹痛、腹鳴(ふくめい)、下痢(げり)、吐(は)き気(け)・嘔吐(おうと)などの消化器症状がおこります。消化器症状だけで、全身症状が現われない場合は、ダンピング症候群には含めません。
●原因
食物が急速に空腸に送られるのは、セロトニン、ヒスタミン、ブラディキニンなどの胃腸の運動を活発にする生理活性物質の放出が増えることと、自律神経(じりつしんけい)のはたらきが異常になるためと考えられています。
●治療
たんぱく質と脂質が多く、糖質(炭水化物)の少ない食事を、1日に5~6回に分けて、少しずつ食べるようにします。
腸を刺激するので、冷たい飲食物の摂取は避けます。食後20~30分、横に寝ると、症状が和らぐことがあります。
抗ヒスタミン薬、消化性潰瘍治療薬(しょうかせいかいようちりょうやく)の抗ガストリン剤や抗コリン薬、抗不安薬(マイナートランキライザー)などの内服が有効なこともあります。
早期ダンピング症候群は、この食事の注意と薬の使用で、日がたつにつれて症状が軽くなり、消えていくのがふつうです。
ごくまれに、胃からの急速な食物の排出を防止する手術が必要になることもあります。
■後期ダンピング症候群
食後2~3時間後に不快な症状に悩まされる場合に、後期ダンピング症候群といいます。
●症状
そろそろ空腹を感じる時間帯に脱力感(からだに力が入らない)、めまい、冷や汗などの低血糖(ていけっとう)の症状が現われてきます。
●原因
炭水化物(糖質)が急速に吸収されると高血糖がおこります。すると、膵臓(すいぞう)からのインスリンの分泌量(ぶんぴつりょう)が増え、高血糖が急速に解消され、こんどは、低血糖になります。
●治療
1回の食事の量を少なくし、ゆっくりと食べるようにし、間食をとります。
いつも飴(あめ)などの糖分を持ち歩き、症状がおこりそうなときはなめて、糖分を補給します。
骨代謝障害(こつたいしゃしょうがい)(骨障害(こつしょうがい))
胃を切除すると、食事量の減少、下痢(げり)や牛乳不耐症(ぎゅうにゅうふたいしょう)の発症などのためにカルシウムの摂取量が減ります。また、脂肪の吸収が悪くなるためにビタミンDの吸収量も減り、カルシウム代謝(たいしゃ)に異常がおこります。
この結果、骨粗鬆症(こつそしょうしょう)、骨軟化症(こつなんかしょう)が発症しやすくなります。
●治療
牛乳、チーズ、ヨーグルトなどのカルシウムを豊富に含む食品を積極的にとるようにします。カルシウム剤、ビタミンD剤の服用が必要なこともあります。牛乳不耐症の場合は、乳糖分解酵素剤(にゅうとうぶんかいこうそざい)を内服します。
逆流性食道炎(ぎゃくりゅうせいしょくどうえん)
噴門(ふんもん)(食道に続く胃の入り口)には、胃の内容物を食道のほうに逆流させないはたらきが備わっています。胃の手術、とくに全摘手術を受けると、この噴門のはたらきが失われ、胃液や十二指腸液が逆流してきて、食道にただれや潰瘍(かいよう)が発生します。
●症状
胸やけ、胸骨(きょうこつ)(胸の中央に縦に長く触れる骨)の裏がしみる感じや痛みなどを、術後4~5か月から感じるようになります。
食道潰瘍(しょくどうかいよう)、ときには食道狭窄(しょくどうきょうさく)にまで進展し、飲食物を飲み込めなくなることもあります。
●治療
逆流がおこりやすくなるので、食後、すぐにからだを横たえないようにします。
夜、寝るときは、枕(まくら)を少し高くすると、逆流を防止できます。
胃液の分泌を抑えるH2受容体拮抗薬(じゅようたいきっこうやく)、たんぱく質を分解する消化酵素のはたらきを抑えるたんぱく分解酵素阻害薬、胸やけなどの症状を和らげるシサプリド剤などを内服します。
食道潰瘍や食道狭窄がおこった場合は、手術が必要になります。
輸入脚症候群(ゆにゅうきゃくしょうこうぐん)
胃と空腸(小腸)の吻合部(縫い合わせた部分)から口側の空腸や十二指腸(輸入脚)に食物、膵液(すいえき)、胆汁(たんじゅう)、十二指腸液がたまり、中の圧が上昇するとともに、この部分が拡張します。この拡張を腹部のしこりとして触れることができます。ビルロートⅡ法という手術法を採用したときにおこります。
●症状
輸入脚の内容物が胃の中に逆流すると、突然、嘔吐がおこります。嘔吐すると、腹部のしこりも消えます。
●治療
胆汁、膵液を嘔吐するため、消化酵素が不足し、脂肪、たんぱく質、ビタミンB12などの消化吸収障害がおこります。このため、低脂肪食、高たんぱく食、高エネルギー食を中心とする食事療法を行ないます。
体重減少や食欲不振がひどい場合は、高カロリー輸液で栄養を補います。
しかし、ビルロートⅡ法をビルロートⅠ法に変更したり、輸入脚と輸出脚との間に吻合を加えたりする再手術が必要になることもあります。
胃切除後貧血(いせつじょごひんけつ)
胃を切除すると、胃液の中の塩酸の分泌量が減少するため、鉄分の吸収が悪くなり、鉄欠乏性貧血(てつけつぼうせいひんけつ)(「鉄欠乏性貧血」)がおこりやすくなります。胃切除後、まもなくからおこります。
また、胃を全摘すると、胃傍壁細胞(いぼうへきさいぼう)から分泌されるキャッスル因子の分泌が減少します。ビタミンB12が吸収されるためには、キャッスル因子と結合することが必要なので、キャッスル因子が不足すると、ビタミンB12不足による巨赤芽球性貧血(きょせきがきゅうせいひんけつ)(「巨赤芽球性貧血」)が発症してきます。ビタミンB12は、体内に多量に蓄えられていて、1日の消費量も少ないので、巨赤芽球性貧血がおこるのは、胃切除後、数年以上たってからです。
●治療
鉄欠乏性貧血は、鉄剤を内服します。巨赤芽球性貧血は、最初の2か月は週3回、その後は、1~3か月に1回、注射でビタミンB12を補います。