内科学 第10版 「胸部大動脈瘤」の解説
胸部大動脈瘤(大動脈瘤)
分類
上行胸部大動脈瘤,大動脈弓部大動脈瘤,下行胸部大動脈瘤に分類される.頻度は高い順に,上行胸部大動脈瘤(60%,図5-14-3),下行胸部大動脈瘤(40%),大動脈弓部大動脈瘤(10%)である.
原因・病因
上行胸部大動脈瘤は典型的には,囊状中膜変性(cystic medial degeneration)あるいは囊状中膜壊死(cystic medial necrosis)により,大動脈壁が脆弱化して生じる.こうした大動脈瘤は,大動脈起始部を巻き込むことが多く,大動脈弁閉鎖不全を生じることがしばしばある.囊状中膜変性はある程度,加齢によって起こり,高血圧によって加速されるが,若年者にみられる囊状中膜変性は,典型的にはMarfan症候群やほかの結合組織疾患(Ehlers-Danlos症候群)を伴っている.
Marfan症候群は常染色体性優性遺伝を示す疾患で,fibrillin(発育過程で,エラスチンを大動脈につなぐ働きをもつ)遺伝子の変異によって起こる.この変異があると大動脈壁におけるエラスチンの量が減少し,エラスチンの高次構造がとれなくなる.その結果,若年時から,大動脈は非常に弾性が増し,長年の間に大動脈は拡張する.Marfan症候群でない場合,術前に囊状中膜変性を診断することは難しい.
Ellisらは,1961年に,胸部大動脈瘤患者の中には,大動脈起始部と大動脈輪の拡張を示し,それにより大動脈弁閉鎖不全を生じる患者を報告し,「大動脈弁輪拡張症(annuloaortic ectasia)」という名称をつけた.この疾患が認められる頻度は増加し,大動脈弁閉鎖不全によって大動脈弁置換術を受ける患者の5〜10%はこの疾患による.30歳代,40歳代,50歳代の男性に多い.組織所見は囊状中膜変性である.Marfan症候群の亜型(forme fruste)と考えられる遺伝子変異の報告もある.
動脈硬化による大動脈瘤はまれに上行大動脈に起こる.その場合,大動脈全体に,びまん性に動脈硬化が起こっている傾向がある.大動脈弓部の動脈瘤は,上行あるいは下行大動脈と連続している.これらの病変は動脈硬化による場合,囊状中膜変性による場合,梅毒あるいはその他の感染による場合がある.これらの大動脈瘤は,左鎖骨下動脈の遠位から起こり,紡錘形あるいは囊胞状である.
病理
組織学的には,囊状中膜変性は,平滑筋細胞の壊死と弾性線維の変性,ムコイド物質が豊富な中膜あるいは囊胞によって特徴づけられる.こうした変化は上行大動脈に最も起こりやすいが,大動脈全体にこのような変化がみられることもある.
臨床症状
40%の胸部大動脈瘤は診断時に無症状である.これらは,多くは健診あるいはルーチンに行う胸部X線検査にて発見される.症状がみられる場合,①血流障害によるもの,②局所の圧迫によるものに大別される.前者には,大動脈弁逆流症による心不全やValsalva洞動脈瘤破裂による右心不全,血栓塞栓による脳卒中,下肢の血行障害,腎梗塞,腸間膜動脈の虚血の症状である.また,後者には,上大静脈や無名静脈の圧迫閉塞による上大静脈症候群,気管圧迫,主気管支の圧迫,気管偏位を起こす.喘鳴,咳,呼吸困難(体位により変化する),喀血,反復性肺炎などが起こる.食道圧迫は嚥下困難を起こすし,喉頭神経反回神経の圧迫は嗄声を起こす.解離を起こしていなくとも胸痛が37%,背部痛が21%にみられる.これは胸腔内構造への直接の圧迫や胸壁圧迫,または骨のびらんが関係している.腹部大動脈瘤と同様に破裂が最も重大である.破裂は身を切られるような激痛で発症し,急速にショックに陥る.左胸腔内や心膜腔内へ破裂することが最も多い.3番目に多い箇所は食道内(大動脈食道瘻)であり,吐血を起こす.急速な大動脈瘤の拡大は同様の痛みを起こす.
検査成績
胸部大動脈瘤に特有なものはなく,基礎疾患,合併症によって,高血圧,脂質異常症,糖尿病,腎機能不全などの所見を呈する.
診断
無症状の胸部大動脈瘤の多くは胸部X線写真ですぐに認められる.腹部大動脈瘤の場合と同様に,造影CTが大動脈瘤径の評価に適している.MRI,MRAも診断上,有用である.経胸壁エコーは,胸部大動脈瘤の診断にはあまりよくない,一方,経食道エコーは胸部大動脈瘤を評価するのに適している.急激な胸痛や背部痛を発症した患者の診療で何よりも重要なことはまず,急性冠症候群と胸部大動脈瘤の破裂・切迫破裂を疑うことである.診断のアルゴリズムを図5-14-4に示す.
鑑別診断
胸腺腫,奇形腫,神経原性腫瘍などの縦隔腫瘍,肺癌などがあげられる.
経過・予後・自然歴
腹部大動脈瘤の場合と同様に,胸部大動脈瘤の径の拡大速度は,破裂の予測に重要である.拡張の速度は胸部大動脈瘤の最初の大きさと関連がある.Dapuntらは,67人の胸部大動脈瘤患者のCT検査によるモニターで,4 cm以下の小さい瘤では,拡張速度は平均0.17 cm/年で,5 cm以上では0.79 cm/年であった,と報告している.しかし,拡張速度は個人差が大きいため,定期的に瘤の大きさを調べる必要がある.また,Daviesらの報告では,破裂のリスクは,瘤径が5 cm以下では2%/年,5〜9 cmでは3%/年,6 cm以上では7%/年であり,6 cm以上の瘤は,急速に破裂のリスクが増大する.
大動脈瘤患者では心血管疾患の合併が多く,予後に大きく影響する.大動脈瘤の破裂についで,脳卒中や心筋梗塞による死亡が多い.
治療
1)外科治療
: 一般に瘤径が6 cm以上になると破裂の頻度が高率になることから手術適応と考えられる.しかし,Marfan症候群,大動脈二尖弁,囊状動脈瘤ではそれ以下の小さな瘤でも破裂する危険性が高いことから注意する必要がある.また,疼痛や周囲の圧迫症状などが新たに出現した場合,破裂の前兆であることが多いため手術適応となる.
2)内科治療
: 成人Marfan症候群患者70人をβ遮断薬(プロプラノロール)群とプラセボ群に無作為に割り付け,10年間フォローした報告がある.治療群においては,死亡,大動脈解離,大動脈弁閉鎖不全,大動脈起始部の6 cm以上の拡大などのエンドポイントにおいて,プラセボ群よりも明らかに低値であった.Marfan症候群以外の胸部大動脈瘤患者にも当てはまるかは不明であるが,β遮断薬の安全性と作用機序から,禁忌がなければ,胸部大動脈瘤患者に有益であろう.また,スタチンやアンジオテンシン受容体拮抗薬が有効であることを示す報告もある.[倉林正彦]
■文献
髙本眞一,他:大動脈瘤・大動脈解離診療ガイドライン(2006年改訂版),Circ j, 70 Suppl Ⅳ, 1569-1646, 2006, 日本循環器学会.
Isselbacher EM: Disease of the aorta. In: Heart Disease: A textbook of cardiovascular medicine 8th ed (Braunwald E, Zipes DP, et al), pp1457-1489. WB Saunders Company, Philadelphia, 2008.
出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報