内科学 第10版 「腹部大動脈瘤」の解説
腹部大動脈瘤(大動脈瘤)
原因・病因
腹部大動脈の頻度は胸部大動脈瘤よりもかなり高い.動脈硬化が腹部大動脈瘤の形成に最も重要である.特に腎下大動脈は瘤化しやすい.大動脈の径が拡張するのに伴って,壁の張力が増加し,瘤の拡大が加速する. 喫煙が腹部大動脈瘤形成の最も重要な危険因子である.続いて,年齢,高血圧,脂質異常症との関係が強い.また,男性は女性の10倍以上もリスクが高い. 腹部大動脈瘤をもつ患者の28%は家族歴をもつことから,腹部大動脈瘤の形成には遺伝的な素因も関係がある.家族歴をもつ患者では若年から瘤形成がみられ,破裂のリスクも高い傾向がある.
病態生理
1)中膜と弾性組織:
大動脈の壁内には炎症細胞の浸潤がみられ,炎症細胞や血管平滑筋細胞からマトリックスメタロプロテアーゼが産生され,エラスチンやコラーゲンなどの細胞外マトリックス蛋白の破壊が起こり,瘤が形成される.また,プラスミノーゲンアクチベーター,セリンエラスターゼ,カテプシンなどの蛋白分解酵素も産生され,瘤形成に関与する.
2)血栓形成:
大動脈瘤を通過するとき血流は乱流となり,血栓が生じやすくなる.その血栓が動脈硬化デブリとともに遠位に塞栓を起こすことがある.
臨床症状
1)自覚症状:
大部分の症例では無症状であり,診察やX線写真,腹部エコー検査で偶然発見される.また,やせた患者の場合,拍動性腫瘤で気づかれる.50歳以下の患者では症状がある場合が多く,その多くは,背部痛あるいは胃下痛である.
腹部大動脈瘤の最大の危険性は破裂である.破裂の80%は左側の後腹膜内に起こる.その場合,破裂は包まれる.その他の大部分は腹腔内に起こり,急激にショックに陥る.まれに下大静脈内,腸骨静脈内,腎静脈内にも起こる.大動脈瘤の拡張や切迫破裂は,背部痛あるいは胃下痛が突然に新たに起こったり,それまでの痛みが増悪したりすることで発症する.破裂が起こると,典型的には,背部痛,胃下痛,拍動性腫瘤の触知,血圧低下が起こるが,この3徴は,大動脈瘤破裂の1/3にしか認められず,腎結石,憩室炎,胃腸出血と誤診されることが多いので注意をする必要がある.
2)他覚症状:
拍動性腫瘤を触れる.剣状突起下から臍までの腫瘤を触れることがある.蛇行した大動脈では大動脈瘤の大きさを評価することが難しい.また,大動脈瘤は急速に拡大しているときにはやわらかいので,注意深く触診しなくてはいけない.大腿動脈の拍動,遠位の動脈拍動,血管性雑音(bruit)が聴かれる.まれに,下大静脈,腸骨静脈が閉塞するように大動脈瘤が拡張すると下肢の浮腫が起こる.
検査成績
腹部大動脈瘤に特有なものはなく,基礎疾患,合併症によって,高血圧,脂質異常症,糖尿病,腎機能不全などの所見を呈する.
診断
腹部の拍動性腫瘤の触診で診断は容易であるが,肥満の強い患者では困難であることが多い.腹部超音波検査やCT(computed tomography)などの非侵襲的検査で,動脈瘤の瘤径を正確に計測することが可能である(図5-14-2).したがって,カテーテルを用いる古典的な大動脈造影を行うことはまれである.CTによる評価は,高コスト,被曝と造影剤を使用することが欠点であるが,瘤の大きさを経時的に追跡していくための方法としてすぐれている.アレルギーや腎機能低下のため,造影剤の使用ができない患者では,MRA(magnetic resonance angiography)が推奨される.
経過,予後
腹部大動脈瘤の管理で最も重要なことは,破裂をいかに防ぐかである.破裂すると25%が病院到着前に死亡し,また,病院到着した患者でも手術中の死亡率は46%と高率である.一方,破裂前に,待機的に手術をした場合,死亡率は4〜6%と低い.したがって,高リスク患者には破裂前に手術をすすめる.
大動脈瘤の破裂のリスクは瘤の大きさに伴って増加する.4 cm以下の小さな瘤が破裂するリスクは0.3%/年であるのに対して,4〜4.9 cmの瘤では1.5%/年,5〜5.9 cmの瘤では6.5%/年の破裂のリスクがある.6 cm以上の瘤では,破裂リスクは激増する.腹部大動脈瘤の80%以上の患者では,瘤の大きさは時間とともに大きくなる.平均は0.4 cm/年の速度で拡大する.しかし,拡大の速度は患者ごとに異なり,また同一患者においても時期によって異なる.一般に,瘤の大きさが増す速度は,瘤が大きくなるにつれて速くなる.したがって,瘤の大きさと拡張の速度が,手術時期を決める上で重要である.
治療
1)外科手術:
破裂の危険が高い大動脈瘤患者の第一選択肢は手術である.しかし,無症状の腹部大動脈瘤患者に対する手術の最適な時期については議論のあるところである.一般に,瘤径が6 cm以上であれば,手術適応があり,4 cm以下であれば,手術適応はないと判断される.4〜6 cmの瘤についての手術適応は施設によって異なるが,0.5 cm/年以上の速度で大きくなっている場合は手術適応と判断できる.待機的な腹部大動脈瘤手術の死亡率は4〜6%であり,リスクの少ない患者においては2%である.緊急手術では19%,破裂後の緊急手術では50%となる.最近の画像診断の進歩もあり,侵襲の少ない手技としてステントグラフト内挿術が広く行われるようになった.大動脈瘤の存在する部分にカテーテルを挿入し,カテーテルの中に人工血管(ステントグラフト)を挿入し,動脈瘤部分でこの人工血管をカテーテルから押し出して留置する方法である.ステントグラフト留置術の治療成績は向上しており,安全性,耐久性および有効性の長期成績についても,次第に明らかになってきている.腹部大動脈瘤をもつ患者では,冠動脈疾患,腎動脈疾患,脳血管疾患を合併する可能性が高く,手術の危険性が高い.負荷心筋シンチグラム,ドブタミン負荷エコー,トレッドミル負荷心電図などで評価する.
2)内科治療:
動脈硬化の危険因子の是正が内科治療の基本である.β遮断薬は瘤の拡張を抑制する上で有効である.瘤径が4〜5cmの場合,3~12カ月ごとにCT検査を行い,瘤径の変化をフォローアップすることが重要である.[倉林正彦]
■文献
髙本眞一,他:大動脈瘤・大動脈解離診療ガイドライン(2006年改訂版),Circ j, 70 Suppl Ⅳ, 1569-1646, 2006, 日本循環器学会.
Isselbacher EM: Disease of the aorta. In: Heart Disease: A textbook of cardiovascular medicine 8th ed (Braunwald E, Zipes DP, et al), pp1457-1489. WB Saunders Company, Philadelphia, 2008.
出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報