縦隔腫瘍

内科学 第10版 「縦隔腫瘍」の解説

縦隔腫瘍(縦隔疾患)

概念
 縦隔に発生した腫瘍を指すが,食道,気管・気管支,心臓,大血管から発生した腫瘍はその臓器の腫瘍として扱う.縦隔腫瘍は組織型によって,その発生部位が解剖学的にほぼ決まる.また腫瘍が発生する縦隔区分から腫瘍の種類を推測できる.
分類・頻度
 発生母地組織からみた分類を表7-15-1,その発生頻度を表7-15-2に示す.わが国では胸腺腫瘍,神経原性腫瘍,胚細胞腫瘍が約60%を占める.縦隔区分別にみた腫瘍の種類を表7-15-3に示す.
臨床症状
 症例の多くは無症状で,偶然撮られた胸部X線やCTで発見される.無症状例の約80%は良性である.症状は,腫瘍による周囲臓器への浸潤や圧迫症状,腫瘍に随伴した特異的なものがある.
1)浸潤と圧迫症状:
腫瘍の存在部位に依存して,呼吸器系では咳,痰,呼吸困難,消化器系では嚥下困難,循環器系では上大静脈症候群(顔面,頸部,上肢の浮腫,頸部・胸部の静脈怒張),不整脈がみられる.神経系では胸痛や背部痛が多く,反回神経麻痺による嗄声,交感神経圧迫によるHorner症候群がみられる.
2)随伴症状(腫瘍随伴症候群):
一般の悪性腫瘍に伴う食欲不振,体重減少,発熱がある.各腫瘍に随伴する特異的な症候を表7-15-4に示す.
検査成績
1)血液検査:
特異的検査はないが随伴症状から,ないし鑑別診断としてホルモンや腫瘍マーカーを測定する(表7-15-4).特に悪性の胚細胞腫瘍(非セミノーマ)では,β-ヒト絨毛性ゴナドトロピン(β-human chorionic gonadotropin:β-hCG)やα-フェトプロテイン(alpha fetoprotein:AFP)が高値を示す.
2)画像所見:
胸部X線では縦隔陰影の拡大,縦隔から突出する腫瘤影,縦隔内臓器の圧排所見がみられる.ときに奇形種では中に石灰化をみる.胸部CTでは腫瘍の位置,腫瘍の性状,周囲臓器との関係,浸潤の有無が詳細にみえる.MRIは腫瘍内部の性状,心血管や胸壁への浸潤の評価にすぐれ,囊胞性疾患ではT2強調画像で内部が均一な高信号を示す.その他,縦隔内甲状腺腫では甲状腺シンチグラム,良悪性の鑑別に腫瘍シンチグラムやFDG-PETが有用である.
3)内視鏡検査:
縦隔臓器の癌との鑑別,周囲臓器への浸潤や圧排の有無をみるため食道や気管支内視鏡検査を行うことがある.
診断
 最近,CTとMRIの進歩によって,その存在診断は比較的容易になった.しかし解剖学的に検体採取が難しい領域で,確定診断に難渋することが多い.確定診断ないし良悪性の鑑別のため,細胞診ないし組織学的検査を行う.検体採取の方法として,超音波やCTガイド下生検,より侵襲的検査として縦隔鏡や胸腔鏡下生検,最終的には試験開胸を選択することもある.
鑑別診断
 縦隔内臓器から発生する腫瘍,大動脈瘤,縦隔炎横隔膜ヘルニア,転移性リンパ節腫脹,サルコイドーシスがある.特に胸腺癌扁平上皮癌,腺癌,腺扁平上皮癌などの組織型を示し,周囲臓器の癌との鑑別が困難となる.
各腫瘍の特徴と治療(表7-15-1,7-15-2,7-15-4)
1)胸腺腫瘍:
成人の縦隔腫瘍で最も頻度が高く,その大半が胸腺腫(thymoma)である.胸腺腫は種々の自己免疫疾患を合併し,30~50%に重症筋無力症を合併する(表7-15-4).胸腺腫の細胞は異型性に乏しく,増殖は緩慢で局所進展傾向があり,遠隔転移はまれだが,臨床的に悪性腫瘍としての性格をもっている.病理学的に紡錘・卵円細胞型(タイプA),樹枝状・多角細胞型(タイプB),両者の混合型(タイプAB)に分類され,細胞型は予後を反映すると考えられている.病期分類としてⅠ期(肉眼的かつ組織学的に被膜へ浸潤がない),Ⅱ期(周囲の脂肪,胸膜,心膜へ浸潤),Ⅲ期(周囲の臓器へ浸潤),Ⅳ期(胸膜や心膜へ播種,胸郭外へ転移)がよく用いられる.
 治療は外科的切除を第一選択とし,手術不能例には放射線治療が標準的である.一般に放射線と抗癌薬感受性が高く,シスプラチンドキソルビシンなどを併用し50~90%の奏効率が報告されている.その10年生存率はⅠ期80~100%,Ⅱ期60~80%,Ⅲ期20~70%,Ⅳ期30~50%である.
2)神経原性腫瘍:
多くは良性腫瘍で約10~15%が悪性である.治療の第一は外科的切除で,最近は胸腔鏡下に切除される.切除不能例では化学療法放射線療法が選択される.
3)胚細胞腫瘍:
良性の成熟型奇形腫が約80%,残り約20%が悪性で若年男性に発生する.奇形腫は20~30歳の若い女性に好発し,腫瘍内に毛髪,皮膚,歯牙を含む.悪性腫瘍は臨床的にセミノーマと非セミノーマに分けられ(治療反応性と予後が異なる),約40%がセミノーマ,約60%が非セミノーマ(胎児性癌,絨毛癌,卵黄囊癌,混合型)である.非セミノーマの約80%にβ-hCGやAFPが単独または両方の上昇を認め,診断と腫瘍マーカーとしてきわめて有用である.とくにβ-hCGは絨毛癌で,AFPは卵黄囊癌で高値を示す.
 セミノーマは放射線療法と抗癌薬に対し感受性が高く,限局型では放射線単独でも予後は良好である.化学療法はシスプラチンを基軸とし,エトポシドなどと併用療法が行われる.非セミノーマに対しては化学療法を第一選択とし,その反応性をみて化学療法の継続か外科的切除を考慮する.
4)リンパ性腫瘍:
縦隔原発は比較的まれで若年女性に好発し,組織型としてリンパ芽球性リンパ腫(T細胞系),びまん性大細胞型リンパ腫(B細胞系),Hodgkinリンパ腫がある.わが国では非Hodgkinリンパ腫が多い.治療は放射線療法や多剤併用療法が中心となる.
5)先天性囊胞:
いずれの縦隔区分にもみられ,胸腺囊胞,心膜囊胞,気管支囊胞,食道囊胞,髄膜囊胞,胸膜囊胞があり気管支囊胞が最も多い.多くは無症状だが,増大すると圧迫症状として胸痛,呼吸困難,咳,嚥下困難,嗄声がみられる.診断にはMRIが有用で腫瘤内はT1強調画像で低信号,T2強調で均一な高信号を示す.治療の第一は外科的切除で,最近は胸腔鏡下に切除される.
予後
 良性腫瘍は切除すれば治癒する.悪性腫瘍でも限局型であれば,切除によって予後良好となる.最近では集学的治療(化学療法,放射線療法,外科療法)によって治癒する症例もみられる.しかし切除不能例や遠隔転移をもつ症例は,セミノーマを除いて予後不良である.[岡 三喜男]
■文献
Cameron RB, Loehrer PJ, et al: Neoplasms of the mediastinum. In: Cancer-Principles and Practice of Oncology, 9th ed (DeVita VT, Lawrence TS, ed), pp871-881, Lippincott WW, Philadelphia, 2011.
Roberts JR, Kaiser LR: Acquired lesions of the mediastinum: benign and malignant. In: Pulmonary Diseases and Disorders, 4th ed (Fishman AP, Elias JA, et al ed), pp1583-1614, McGraw-Hill, New York, 2008.
Wright CD: Nonneoplastic disorders of the mediastinum. In: Pulmonary Diseases and Disorders, 4th ed (Fishman AP, Elias JA, et al ed), pp1555-1581, McGraw-Hill, New York, 2008.

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

六訂版 家庭医学大全科 「縦隔腫瘍」の解説

縦隔腫瘍
じゅうかくしゅよう
Mediastinal tumor
(呼吸器の病気)

どんな病気か

 縦隔内に発生した腫瘍をいいます。縦隔腫瘍には好発部位があり、その発生する場所から、腫瘍の種類が推定できます。

 すなわち、上縦隔には甲状腺腫(こうじょうせんしゅ)が、前縦隔には胸腺腫(きょうせんしゅ)奇形腫(きけいしゅ)が、中縦隔にはリンパ性腫瘍、気管支嚢腫(きかんしのうしゅ)心膜嚢腫(しんまくのうしゅ)が、後縦隔には神経性腫瘍がよくできます(図48)。

 発生頻度は胸腺腫が最も多く、次いで奇形腫、神経性腫瘍です。

原因は何か

 肺がんと喫煙のような、明らかに原因となるものは不明です。また、気管支嚢腫や心膜嚢腫のように、先天性の腫瘍もあります。

症状の現れ方

 縦隔腫瘍の約半数は無症状で、健康診断による胸部X線検査で偶然発見されます。

 腫瘍が気道への圧迫や浸潤(しんじゅん)を起こして(せき)血痰(けったん)、呼吸困難を、食道への圧迫や浸潤により嚥下(えんげ)障害を、胸壁や神経への浸潤により胸痛や神経痛を、反回神経麻痺(はんかいしんけいまひ)によるかすれ声を、交感神経(こうかんしんけい)麻痺によるホルネル症候群(縮瞳、眼裂(がんれつ)狭小、眼球陥凹(かんおう))を、上大静脈への圧迫や浸潤により上大静脈(じょうだいじょうみゃく)症候群(顔面や頸部(けいぶ)の浮腫)を来すこともあります。

 胸線腫では腫瘍随伴症状として、重症筋無力症(骨格筋が疲れやすくなったり脱力を来す病気で、眼瞼下垂(がんけんかすい)を来すことが多い)や、赤芽球癆(せきがきゅうろう)(赤血球のみが減る病気)が高率にみられるのが特徴です。

検査と診断

 胸部X線検査や胸部CT検査で、腫瘍を確認します(図49)。

 前述のように、縦隔腫瘍には好発部位があり、その発生する場所から腫瘍の種類を推定します。しかし、良性か悪性かの見分けは、画像からは困難です。

治療の方法

 縦隔腫瘍は、発見後できるだけ早期に手術をするのが原則です。多くは手術により治癒します。悪性リンパ腫であれば、抗がん化学療法が行われます。

病気に気づいたらどうする

 縦隔腫瘍の半数は、健康診断で発見されます。1年に1回の検診は欠かせません。

 疲れやすさや筋肉に力が入らない、とくにまぶたが垂れ下がる(眼瞼下垂)という症状に気づいたら、胸腺腫による重症筋無力症の可能性があるので、早めに内科を受診しましょう。

沖本 二郎


出典 法研「六訂版 家庭医学大全科」六訂版 家庭医学大全科について 情報

家庭医学館 「縦隔腫瘍」の解説

じゅうかくしゅよう【縦隔腫瘍 Mediastinal Tumor】

[どんな病気か]
 縦隔にできた腫瘍のことで、さまざまなものがありますが、その性質から良性腫瘍と悪性腫瘍に分けられます。もっとも多いのは胸腺(きょうせん)の腫瘍(胸腺腫(きょうせんしゅ))で、昔は良性腫瘍と考えられていましたが、現在では、おとなしい悪性腫瘍と考えられています。
 胸腺の中にとどまっているうちに手術で摘出すれば治る可能性が高いのですが、胸腺をおおう膜を破って外に発育してくると、周囲の組織に広がったり(浸潤(しんじゅん))、転移(てんい)するようになります。
 約3割の患者さんに、重症筋無力症(じゅうしょうきんむりょくしょう)がともないます。筋肉の力が弱まり、まぶたが垂れて、目があけにくくなったり、握力が低下し、あごのかむ力も弱くなります。ひどくなると呼吸も苦しくなります。貧血がともなうこともあります。
 胸腺がんは比較的少ないのですが、胸腺腫よりずっと悪性です。
 胸腺の奇形腫(きけいしゅ)は若い人に多く、良性腫瘍のことが多いのですが、悪性腫瘍のこともあります。
[症状]
 良性腫瘍なら、多くの場合、症状はありませんが、腫瘍が大きくなると周囲の臓器を圧迫し、呼吸困難、胸痛、胸部の圧迫感、動悸(どうき)などがおこります。肺や気管支を圧迫して、肺炎や無気肺(むきはい)(肺の空気がなくなった状態)をおこすこともあります。
 悪性腫瘍の場合は、腫瘍が小さいうちから周囲の臓器がおかされ、胸痛をはじめ、さまざまな症状が現われます。
[検査と診断]
 ほとんどが健康診断や、ほかの病気のために胸部X線写真を撮って発見されます。
 ただし縦隔腫瘍は、X線写真だけでは、大動脈瘤(だいどうみゃくりゅう)、横隔膜(おうかくまく)ヘルニア、縦隔型肺がんなどとの区別がむずかしいことがあるため、胸部CT検査、胸部MRI検査などが必要です。
 とくに縦隔型肺がんとはまぎらわしく、検査をしても区別がつかないことがあるほどです。呼吸器科の専門医を受診するのがよいでしょう。
[治療]
 良性腫瘍は、手術で腫瘍を切除すれば、ほとんどが完全に治ります。しかし腫瘍が大きくなると、手術が困難、あるいは不可能になったり、合併症がおこったりするので、そうならないうちに手術をするべきです。
 悪性腫瘍の治療は、早期の場合は、腫瘍を切除する手術を行ないますが、さらに必要に応じて放射線を照射したり、抗がん剤を使用する化学療法も併用します。
 進行した悪性腫瘍では、すでに腫瘍が周囲の組織や全身に広がっているので、手術で取り除くことはむずかしく、放射線療法や化学療法がおもな治療になります。
 予防としては、早期のうちに発見することが重要です。毎年1回以上は、胸部X線検査を受けることをお勧めします。

じゅうかくしゅよう【縦隔腫瘍】

 縦隔(「縦隔とは」)にある臓器のうち、心臓、気管、食道などの大きい器官に発生した腫瘍は、心臓腫瘍、食道がんというようにそれぞれの臓器の腫瘍として呼ばれ、それ以外の部分から生じた腫瘍を縦隔腫瘍といいます。
 良性の場合はほとんど症状が現われませんが、大きくなると他の臓器を圧迫して、呼吸困難、動悸(どうき)、胸痛などをおこします。悪性腫瘍の場合は、比較的早い時期から、強い胸痛やむくみなどのいろいろな症状が現われます。
 縦隔腫瘍の多くは、胸部X線検査の際に発見されます。
 治療は、良性のものは手術による腫瘍の切除、悪性腫瘍では手術に加え、化学療法や放射線療法を行ないます。

出典 小学館家庭医学館について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ) 「縦隔腫瘍」の意味・わかりやすい解説

縦隔腫瘍
じゅうかくしゅよう

左右の胸膜腔(くう)の間にあって前方は胸骨、後方は胸椎(きょうつい)体によって境される縦隔から発生した腫瘍や嚢腫(のうしゅ)の総称。縦隔腫瘍のなかで、わが国でもっとも頻度の高いものは胸腺(きょうせん)腫瘍であり、奇形腫、神経性腫瘍、リンパ性腫瘍、先天性嚢腫がこれに次いでいる。縦隔腫瘍は胸部X線写真で偶然発見されるものが多い。

 症状としてよくみられるものは、胸痛、咳(せき)、呼吸困難であるが、腫瘍による直接症状とは別に、胸腺腫のように重症筋無力症や低γ(ガンマ)グロブリン血症などの疾患を合併するものもある。無症状に経過するものは良性であることが多いが、確診をつけることがむずかしいので、普通、外科的に摘除される。悪性のものに対しては放射線治療も行われる。

[石原恒夫]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「縦隔腫瘍」の意味・わかりやすい解説

縦隔腫瘍
じゅうかくしゅよう
mediastinal tumor

縦隔の腫瘍。縦隔には種々の腫瘍が発生するが,位置により種類がほぼ決っている。前縦隔からは胸腺腫や奇形腫,後縦隔からは神経原性腫瘍や消化管嚢腫,上縦隔からは甲状腺腫や上皮小体腺腫,中縦隔からは気管支性嚢腫が発生しやすい。治療は摘出手術による。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内の縦隔腫瘍の言及

【縦隔】より

…縦隔は一つの閉鎖された空間とも考えられるため,縦隔腔あるいは縦隔洞とも呼ばれる。心臓,大血管,気管支,食道などを除く縦隔内の病変を縦隔疾患と総称し,おもなものに縦隔炎,縦隔気腫,縦隔腫瘍がある。
[縦隔炎mediastinitis]
 縦隔に発生した炎症。…

※「縦隔腫瘍」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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