生体膜とは細胞を構成している膜構造のことであり,したがって目の角膜とか腹膜など多数の細胞の集まりからなる膜構造は生体膜とはいわない。細胞がある種の隔壁によって外界から仕切られ,さらに細胞内部に核やミトコンドリアなどの区画が存在することは,細胞の浸透圧的なふるまいなどから古くから知られていたが,この実体が明らかになったのは1940年以後のことである。生体膜の概念の真の確立は,電子顕微鏡の進歩によるところが大きい。現在では動物,植物から細菌に至るまですべての細胞の表面は約100Åの厚さの細胞膜でおおわれていることが知られている。さらに真核細胞は内部に核,小胞体,ゴルジ体,リソソーム,ペルオキシソーム,液胞,ミトコンドリア,クロロプラストなどの多様な小器官が発達している。これらもすべて75~100Åの一重または二重の膜構造をなしている。これらの膜構造を総称して生体膜と呼ぶ。生体膜を酸化オスミウムなどによって染色して電子顕微鏡で観察するとすべて3層構造にみえる。中心層は外側の2層に比べて電子密度が低く染色されない。このことは生体膜の構造上の共通性を反映する。
生体膜の構成成分は主としてタンパク質と脂質であるが,脂質は例外なく極性脂質,特にリン脂質からなる。脂質とタンパク質は一部糖鎖を結合し,糖脂質,糖タンパク質となっている。動物の細胞膜などにはかなり多量のコレステロールなどのステロールが含まれている。きわめて多種類のタンパク質と脂質を含む生体膜は,脂質とタンパク質の存在比もまた多様である。通常,重量比でわずかにタンパク質が多いが,ミトコンドリア膜ではタンパク質が66%を占めるのに対し,神経のミエリン鞘膜(しようまく)では75%のリン脂質を含んでいる。
生体膜の構造については,リン脂質二重層をすべての膜の基本構造とするモデルがダニエリJ.F.Danielli,デーブソンH.Davson,さらにロバートソンJ.D.Robertsonらによって単位膜説として提唱された。これに対してグリーンD.E.GreenやベンソンB.Bensonは,タンパク質を中心とみるタンパク質-脂質複合体の繰返しからなるとする単位粒子説を提出した。その後1972年にシンガーS.J.Singer,ニコルソンG.L.Nicolsonは流動モザイクモデルを発表し,現在いくつかの修正を経てこの説が基本的に認められている。それによれば脂質は二重層をなし,タンパク質はその二重層の中に主として疎水結合によってモザイク状に挿入されており,脂質分子は面内で活発に運動をしている。したがってタンパク質もある程度自由に膜平面を動くことができる。その後の研究によれば,タンパク質のかなりの部分は,塩濃度を上げることによって膜からはずれてくることから,イオン結合により脂質あるいはタンパク質に結合していると考えられる(表在性タンパク質)。一方,膜に固く結合しているタンパク質は界面活性剤処理によって初めて膜からはずれてくる(内在性タンパク質)。
生体膜のもつ特徴の一つに膜の裏表に関する非対称性がある。脂質二重層のリン脂質の組成やタンパク質の種類,分布,糖鎖の分布は,裏表でひじょうに異なっている。糖タンパク質の糖鎖,糖脂質はすべて細胞膜では外側を向いている。タンパク質の分布が非対称であることは,生体膜機能が本来方向性をもっていることからしてきわめて重要である。現在では電子顕微鏡のフリーズフラクチャー法により膜の脂質二重層内でのタンパク質の分布を直接見ることができるようになっている。非対称性の原因については,膜の生合成過程との関係からしだいに明らかになりつつあるが,全ぼうは明らかでない。
生体膜の形態はその機能分化に伴ってひじょうに多様である。小腸の上皮細胞ではたくさん突起を出して外表面積を大きくし,消化吸収の効率を上げている。神経細胞の軸索は,シュワン細胞の細胞膜が幾重にも巻きつくような特殊な構造(ミエリン鞘)を形成している。
生体膜は共通の基本構造をもっているが,単なる不活性な隔壁として存在しているわけではなく,細胞活動の根底をなすさまざまの活動を制御する機能をもっている。膜のもつさまざまの特異的な活性は,膜のタンパク質によって担われている。細胞と外界の境をなす細胞膜は,環境との物質のやり取りのために,選択性の高い促進拡散,能動輸送の系を発達させている。また細胞運動,エンドサイトーシス,エキソサイトーシスなども重要な膜機能である。細胞膜に限らず多くの膜系はイオンポンプを有し,膜内外に大きなイオンの濃度こう配を維持している。細胞膜のNa⁺,K⁺-ATPアーゼ,筋小胞体のCa2⁺-ATPアーゼ,ミトコンドリアのH⁺-ATPアーゼなどがその代表例である。外界からの情報の認識とその伝達系も発達している。化学走性やホルモンの受容体,アデニル酸シクラーゼやアセチルコリンエステラーゼなどの酵素はすべて膜タンパク質である。神経系や筋繊維は,Na⁺とK⁺の濃度こう配に起因する活動電位を発生し(興奮性膜),神経の刺激伝導に関与している。細胞内小器官の膜系は,細胞を区画化することにより,機能を分化し効率を挙げるのに役だっている。膜上に配列したタンパク質は大きな複合酵素系とみなすことができる。脂質の生合成系はそのよい例である。エネルギー変換系として重要なミトコンドリア内膜の電子伝達系と酸化的リン酸化系,クロロプラストのチラコイド膜の光リン酸化系も膜上での複合酵素系である。化学浸透圧説によればATPの合成は膜内外のプロトンの電気化学ポテンシャル差に依存する。このことは閉じた膜系の存在が本質的に重要であることを意味している。
以上のように現代の生物学上の問題はなんらかの形で生体膜の機能と関係しているといって過言ではなく,生体膜の構造と機能の研究は,細胞生物学,生化学の大きな課題の一つである。
執筆者:大隅 良典
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
細胞膜や、細胞内のミトコンドリア、小胞体、ゴルジ装置、核、リソゾームなどの膜をさす。これらの膜はそれぞれ外部と内部との境をなしており、ある物質を透過させる一方、別の物質を透過させにくい性質を有している。生体膜の組成は主としてタンパク質と脂質とからなる。細胞膜や核膜の脂質にはリン脂質のほかにコレステロールがかなり含まれるが、他の生体膜の脂質はほとんどリン脂質である。ヒトとハツカネズミの細胞のそれぞれのタンパク質を違った色素で標識して、ウイルスを使って両細胞を融合させると、やがて色素は混ざり合ってしまう。このことから、細胞膜のタンパク質は静止しているのでなく、動的であることが推測された。また、リン脂質のほうもかなり活発に運動していることが示されるに至り、1972年にシンガーS. J. SingerとニコルソンG. L. Nicolsonは、生体膜の流動モザイクモデルを提唱した。それによると、リン脂質は二重膜をつくり、タンパク質はその外側や内側、二重膜の内部あるいは内・外を貫いて存在しており、脂質も分子運動をしていて、タンパク質分子は脂質層を流動しているという。この説は現在広く受け入れられている。
[菊山 栄]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
細胞をとりまく膜(原形質膜)や細胞内小器官を構成する膜.脂質二重層に膜タンパク質が結合・挿入・貫通している.これら構成成分の多くは膜上を時間とともに移動しており,この意味で生体膜は流動性に富む.アクチンやチューブリンなどの細胞内骨格系にいかりを降ろすように固定され,動きが制限されている膜タンパク質もある.腸管上皮細胞などのように同じ一つの細胞でも,管腔側と血管側で機能が異なり,それを反映して,そこにあるタンパク質の種類が異なる場合がある.このような場合,細胞膜に極性があるという.電子伝達系(光合成)中の図
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
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