自動利得制御(読み)じどうりとくせいぎょ(英語表記)automatic gain control

日本大百科全書(ニッポニカ) 「自動利得制御」の意味・わかりやすい解説

自動利得制御
じどうりとくせいぎょ
automatic gain control

短波を受信するときに、受信入力が大きく変動しても音声出力が変動しないように、入力が小さいときには利得(入出力の比)を上げ、入力が大きくなれば利得を下げるようにして、つねに出力を設定した値に保つようにする受信機の自動的な利得制御法をいう。ラジオ受信機や通信用の短波受信機のすべてに組み込まれている回路で、AGCとよばれる。以前はAVC(automatic volume control)とよばれていたこともある。スーパーヘテロダイン方式の受信機に組み込まれることが多く、検波器の検波出力から信号の一部を取り出し、高周波成分と音声周波成分とを濾波(ろは)して得られる直流電圧が入力電圧に比例することを利用して、この電圧を高周波増幅器中間周波増幅器バイアス回路に反比例的に利得が制御されるようにフィードバックして、全体の利得を前記の目的を果たすように制御するのである。この制御法はモールス通信のように断続される型式電波には使用できないので、通信用受信機ではスイッチにより回路の機能を停止できるようにしてあることが多い。ラジオ受信機では、振幅変調AM)方式を使った放送の音声信号による振幅の変化に追従して利得の制御が行われないように、回路に0.5秒遅れて動作させるような時定数が与えられている。これはフェージング現象によるレベル変動はそれほど急速ではないと考えているからである。測定器でこの特性を検査すると、入力レベルが10マイクロボルトから100ミリボルトまでの10万倍も変化しても、一定の出力を維持することが可能で、その性能は満足できるものである。しかし、この性能をもってしても短波の伝播(でんぱ)に現れる干渉性フェージングは制御不能である。それは、その種のフェージング発生の構造が正確には解明されていなかったことによる。干渉性フェージングは一つの電波が異なる経路を伝搬して受信点に到達したとき、その電界の強度がほぼ等しく、逆位相になっている場合に打ち消し合い、受信入力が減衰するのだと論じられてきた。そして、この説を疑う人もいなかったのである。ゆえに、AGCの効かないフェージングは摩訶(まか)不思議な現象と考えられていた。しかし、この現象は1989年(平成1)ごろ、日本で次のように解明されている。干渉性フェージングとよばれていた現象は、電波の偏波面の回転をおもな原因とするものであり、もっとも強く到達する電波(メインパス)の偏波面がゆっくりと毎分1~2回程度の回転数で到達するのに対して、2番目に到達する(セカンドパス)はレベルが10分の1程度に低下し、偏波面の回転数は毎分十数倍の速度に加速されている。さらに3番目に到達する(サードパス)のレベルはさらに10分の1程度に低下し、偏波面の回転はこれも10倍程度加速されている。このような電波をアンテナが受信すると、おのおのの電波はその回転周波数で平衡変調した波形に似た電流を誘起し、それらがすべて合成されてアンテナ出力として、受信機に供給されることになる。そして、ラジオ放送のような複雑な低周波信号で変調されている電波は、一瞬一瞬の周波数が微妙に異なっているから、到達時間差のある各パスが同時に受信アンテナに誘起させる周波数も微小に異なっている。メインパスとセカンドパスだけを考えても、メインパスのレベルがゆっくり低下して再上昇する間に、セカンドパスの出力の最高レベルとほとんど等しくなるチャンスが2回あるわけであり、このときの周波数が微小に異なっていれば、受信機のなかでは微小差のある二つの周波数、和の周波数、差の周波数、おのおのの2倍の高調波等が発生する。これらのレベルは各パスによってアンテナ電流として誘起されるレベルが近いほど大きくなり、帯域も広がるので、受信機の中間周波増幅器の通過帯域幅を大きく逸脱する成分も発生する。帯域内に残存する成分は減少し雑音を多く含み、信号が明確に認識できないようになる。これが検波回路に供給されることになるのでAGCの正常な動作はほとんど期待できなくなるのである。これはサードパス以降のパスにおいても同様に発生する現象で、情況をさらに悪化させる要因となる。結果的には、受信機の出力はセカンドパスのレベルで周期的に雑音に埋もれてしまうのであるが、このレベルはメインパスの到達レベルのほんの20デシベル(10分の1)しか低くないので、受信機の入力で通常100マイクロボルトか1ミリボルトのレベルで、すでに雑音が発生し、放送の内容は聞き取れなくなるのである。そのため、干渉性フェージングを伴う短波を受信するときの実用的な受信感度は、標準周波数発生器を使用して測定した感度より40デシベル(100分の1)も低いのである。AGCは受信する単一の電波の強度だけが、ゆっくりと変動すると信じて設計された回路なので、実際のフェージングには対応できないが、あるレベル以上の電界強度で受信されている電波に対して最適な利得を設定し、必要以上の利得によって無用の雑音を出さないように制御する効果は十分に認められる。

[石島 巖]

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