改訂新版 世界大百科事典 「自動車排出ガス規制」の意味・わかりやすい解説
自動車排出ガス規制 (じどうしゃはいしゅつガスきせい)
自動車からの排出ガスが,空気を汚し,動植物の成育や人の健康に悪影響を与えることが明らかとなったのは,1950年代のアメリカ,ロサンゼルスにおける一連の光化学スモッグの研究によってである。エンジンからの排出ガスに含まれる一酸化炭素CO,炭化水素HC,窒素酸化物NOx,各種の粒子状物質は,それ自体が有害であるばかりか,工場などからの大気汚染物質とともに,太陽光線と反応して二次汚染物質を生成し,光化学スモッグの重要な原因となる。この問題に対処するため,70年に至りアメリカの当時の大統領ニクソンは,80年までに自動車の排出ガス濃度を90%削減すると提案した。これに対し上院議員ネルソンは,1975年を目標に,内燃機関による自動車の全面的な製造禁止を提案した。この両提案の妥協策として,上院議員エドマンド・マスキーは,75年までに排出ガス濃度の90%削減を提案し,これが骨子となって〈70年改正大気清浄法〉,いわゆる〈マスキー法〉が成立した。
日本の排出ガス規制は1972年の中央公害対策審議会答申に沿って実施されている。この答申の内容はマスキー法とほぼ同じであったが,アメリカでは同法の延期条項が発動して実施が大幅に遅れたのに対し,日本では73年から規制が開始され,78年度規制によって当初目標値(乗用車の窒素酸化物排出量0.25g/km)がクリアーされ,世界でもっともきびしい規制が行われるようになった。規制の方法は,環境庁長官が大気汚染防止法によって排出ガス中の一酸化炭素,炭化水素,窒素酸化物および粒子状物質,粒子状物質のうちディーゼル黒煙の許容限度値を定め,運輸大臣が道路運送車両法によって保安基準を定め,都道府県知事が道路周辺区域の排出ガス濃度の測定を行い,知事の要請によって都道府県公安委員会が道路交通法による交通規制措置をとることができるしくみになっている。ただし知事が交通規制を要請するときの基準は,一酸化炭素のみについて定められており,それも月平均濃度が10ppmという高い値であるために,実効力には乏しい。
道路が整備され,台数が少ないときの自動車はまことに便利な輸送手段であるが,いったん台数が増加し,無秩序に走るようになると,それは非人間的な乗物となる。事故や交通渋滞をひき起こし,運転者の感覚を狂わせ,排出ガス,騒音,振動などによる交通公害を発生させる。日本の自動車の普及は著しく,都市部や大型トラックの交通量の多い幹線道路周辺では交通公害が深刻な問題になっている。自動車の排出ガス規制は,公害防止の面から自動車の構造を改善した例であり,それは,きびしい規制が技術の開発を誘導することを示している。今後はこの教訓を生かし,単に自動車の構造改善にとどまらず,物流関連施設の適正配置,輸送の効率化,鉄道,船舶の活用などをはかるために,いっそうの規制強化と汚染原因者負担の原則(PPP)を政策にとり入れることが望まれる。なお窒素酸化物(NOx)に対する規制として,〈自動車から排出される窒素酸化物の特定地域における総量の削減等に関する特別措置法〉(窒素酸化物総量削減法とも)が92年に施行された。
→自動車
執筆者:塚谷 恒雄
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報