窒素酸化物NOxとは窒素の酸化物の総称であるが,大気中の窒素酸化物の大部分を占めるのは一酸化窒素NOと二酸化窒素NO2であり,また,これらは炭化水素との共存下で太陽光線の作用により光化学スモッグを生成するところから,一般にはNOとNO2の総和を窒素酸化物と呼ぶ。窒素酸化物の発生源としては,雷,土壌中の微生物の作用など自然現象に由来するものもあるが,近年,工業の発達とともに自動車および工場設備からの発生量が急速に増大し,光化学スモッグによる公害問題を引き起こすに至っている。一般に,自動車は移動発生源,工場設備は固定発生源と呼ばれている。固定発生源の大部分を占めるのは,ボイラーやセメント焼成炉など,いわゆる固定燃焼装置であるが,燃焼を伴わない硝酸工場や電気炉なども固定発生源となる。
窒素酸化物は,自動車エンジンあるいは固定燃焼装置出口においては,その90%以上がNOの形態をとっており,大気中に排出された後,徐々に酸化されてNO2になることが知られている。NOはその窒素源の違いによって,サーマルNOとフューエルNOに分類される。サーマルNOとは,空気中の窒素が1300~1400℃以上の高温状態下で酸化されることによって生成するNOをいい,フューエルNOとは,燃料中に含まれている各種の窒素化合物が,燃焼に際してNOに転化したものをいう。自動車エンジンからのNOや,天然ガスや灯油を用いたボイラー燃焼からのNOは,大部分サーマルNOであり,一方,石炭の燃焼では全発生NOの80%以上がフューエルNOであることが知られている。サーマルNOは,温度が高く,酸素濃度が高いほど,生成量も増大する。したがって,サーマルNOの生成を抑制するためには,火炎温度を下げるか,空気と燃料の比(空燃比)を下げて,燃焼後の残存酸素濃度を低下させるなどの方法が有効である。これに対して,フューエルNOの生成には温度の影響は小さく,酸素濃度のみが影響するから,その生成を抑制するためには,酸素濃度を低下させる方法が最も有効である。燃焼プロセスからの窒素酸化物の抑制技術としては,燃焼法を改良することによってNOの生成そのものを抑える低NOx燃焼法と,一度生成したNOを触媒などを使って後流部で除去する排煙脱硝法に大別される。低NOx燃焼法は,自動車エンジンと固定燃焼装置とではその具体的な方式は異なるが,いずれも燃料と空気の混合比を制御するなどの方法によって,火炎温度あるいは酸素濃度を低下させようとする点は共通である。固定燃焼装置における低NOx燃焼方式の代表例としては,排ガス再循環方式,多段燃焼方式,水噴射方式などがある。また,排煙脱硝法の代表例としては,排ガス中にアンモニアNH3を還元剤として導入し,適当な触媒のもとにNOを選択的に還元するアンモニア接触還元法が,大型のボイラーなどで実際に用いられている。
執筆者:定方 正毅
環境大気中に存在する窒素酸化物の大半は,一酸化窒素NOと二酸化窒素NO2である。NO2は中性で水に難溶なため肺の深部に到達し,正常呼吸で80%以上,深呼吸で90%以上が体内に吸収される。その際,肺胞壁細胞膜の生理的構造と機能を破壊する。NOは酸素や一酸化炭素COと同様にヘモグロビンと結合する。その結合力は両者にくらべてはるかに強いが,生体影響では未知の部分が多い。高濃度の窒素酸化物による急性中毒は,単に吸入直後の刺激症状や呼吸困難,チアノーゼ,吐き気,めまいだけでなく,数時間から数週間たってから肺水腫,肺炎,錯乱状態あるいは死亡などを引き起こす。NO2単独の人体吸入実験によれば,5ppm15分間で肺胞のガス交換の低下が認められている。慢性気管支炎患者ではさらに低濃度での影響が報告されている。明るいところから暗いところへ移ると,眼は光への感受性を増加させる(暗順応という)が,NO2は0.1ppm以下で暗順応に影響を与える。大気汚染などの環境因子から窒素酸化物の影響を分離することはむずかしく,そのため窒素酸化物単独の慢性影響を評価することも困難であるが,最近では硫黄酸化物以上の注目を集めている。光化学スモッグの原因物質でもあるため,日本では1970年代から規制が始まり,大気汚染防止法によって固定発生源対策と自動車排出ガス対策が行われている。なお,〈自動車から排出される窒素酸化物の特定地域における総量の削減等に関する特別措置法〉(窒素酸化物総量削減法とも)が92年に施行された。
執筆者:塚谷 恒雄
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
【Ⅰ】NOxで表される化合物の総称.一酸化二窒素N2O,一酸化窒素NO,三酸化二窒素N2O3,二酸化窒素NO2,四酸化二窒素N2O4,五酸化二窒素N2O5,三酸化窒素NO3の7種類が知られている.【Ⅱ】公害用語としては,NOとNO2の総称.略称NOx.おもに燃料の燃焼によって生じる.このとき最初にできるものは大部分がNOであり,NOは空気中で酸化されてNO2となる.大部分は燃焼のときの高温により,空気中の N2 と O2 が化合してできるが(熱的NOx),一部は燃料中の窒素化合物に起因する(燃料NOx).そのほか,硝酸製造工場,火薬製造工場から排出されることもある.純粋なNO-O2混合物でのNOのNO2への酸化反応
(2NO + O2 = 2NO2)
は三分子反応の例として古くから知られている.この反応はNO濃度に関し二次であるため,NO濃度がいちじるしく低いとき(ppm 程度),その酸化はきわめて遅いが,普通の濃度ではすみやかである.都市の汚染大気中でのNOの酸化反応は複雑であり,純粋なNO-O2混合物の場合とは同列に論じられない.都市大気中のNO2の環境濃度は都市により年平均値0.01~0.06 ppm で,一方,人工的汚染のない自然界でのNO2濃度は約0.004 ppm である.窒素酸化物の発生源は移動発生源(自動車など)と固定発生源(工場,事業所など)に大別され,発生総量における両者の割合は都市により大きく異なる.窒素酸化物の有害性に関しては,NOについては知られていないが,NO2は呼吸器深部の末梢気道に病変をもたらし,また感染症に対する抵抗力を弱める.動物実験の結果では0.5 ppm でこれらの悪影響が観察され,一方,ヒトに対する疫学調査では,NO2濃度年平均値約0.02 ppm 以上で持続性痰・咳の有症率の増加が認められる.NO2の環境基準は1978年に0.04~0.06 ppm,またはそれ以下と定められた.NO2はそれ自身の有害性のほか,太陽光線中の300~400 nm の波長光を吸収して解離し,光化学スモッグの引き金反応となる.現在,わが国では,大気中のNOxの濃度測定には,おもにザルツマン法が用いられているが,ケミルミネセンス法,そのほかの方法もある.NOx発生の低減技術としては,良質燃料の使用,燃焼装置・方法の改良および排煙脱硝があるが,省資源の点からも,燃料の使用量そのものを節減する工夫も重要である.なお,NO2汚染のいちじるしい地域に対しては,NOx排出量が総量規制されている.
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
窒素の酸化物全体をさしていうが、普通は大気汚染源となる窒素酸化物をいうことが多い。通常の分析法では、一酸化窒素と二酸化窒素の総量が定量されるので、両者はまとめて窒素酸化物NOxとして扱われる。大気中で一酸化窒素から二酸化窒素が生成する反応は複雑である。大気の酸素による酸化反応は比較的遅く、これに、二酸化窒素が日光で解離して酸素原子を生じる反応、微量に存在する有機物によって窒素酸化物が消費されてオキシダントを生成する反応などが絡み合っている。
[守永健一]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
(畑明郎 大阪市立大学大学院経営学研究科教授 / 2007年)
出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報
… 現在,ガソリンエンジンは乗用車用エンジンをはじめ,オートバイ,小型のトラック,バスや特殊自動車,モーターボート,軽飛行機の原動機として利用されているほか,農林・水産・土木・建設・一般産業用の各種小型作業機の駆動にも広く用いられている。
[公害対策]
ガソリンエンジンは現在小型の自動車駆動用として多数使用され,その排気ガス中に含まれる一酸化炭素CO,炭化水素HC,窒素酸化物NOxは大気汚染の原因としてきびしく規制されている。これらの成分の生成原因の概要は,COは燃料の不完全燃焼により,HCは燃焼室壁面での消炎,失火や,混合気の素通りにより生じ,またNOxは空気中の窒素と酸素が燃焼時の高温により反応して生成される。…
…汚染物質の大気中への放出速度が大気の自浄作用速度をこえると,大気汚染は全地球的なスケールで増加する。成層圏に放出される超音速ジェット機の窒素酸化物や,溶剤,冷媒につかわれて地表から拡散するフッ化炭化水素類(商品名フレオン)はオゾン層を破壊する恐れがある。また20世紀に入ってからの化石燃料の大量消費は,大気中の炭酸ガス濃度をゆっくりと上昇させている。…
※「窒素酸化物」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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