最新 心理学事典 「自己調整学習」の解説
じこちょうせいがくしゅう
自己調整学習
self-regulated learning
ジマーマンZimmerman,B.J.(1989)によれば,自己調整学習を身につけている学習者は,メタ認知,動機づけ,行動の三つの過程において能動的に関与しており,これらの過程が相互に機能することによって効果的な学習成果がもたらされるとしている。メタ認知の過程では,学習目標を設定し,自己をモニターしながら認知活動を行ない,学習成果を自己評価することで,学習過程をつねに自覚しながら主体的なかかわりをもとうとする。動機づけの過程では,学習意欲を高くもつことで学習に対する努力と忍耐力を維持していこうとする。行動の過程では,学習に適した環境を選ぶ,学習に必要な情報や援助を求めるなどの具体的な行動を実行することで目標を達成しようとするものである。それぞれの過程では,学習を効果的に進行させるための種々の方略(学習方略learning strategy)が使用される。自己調整学習に含まれる基本的な学習方略としては,自己評価,知識の体制化と変換,目標設定とプランニング,情報の探索,記録,自己モニタリング,環境構成,自己帰結,リハーサルと記銘,社会的援助の探求,記録のレビューが挙げられている。
自己調整がうまく機能するかどうかは,学習方略をどのように選択し,それをいかに効率よく使用するかにかかっており,その中心的な役割を果たすメカニズムがメタ認知的活動metacognitive behaviorであるといえる。メタ認知的活動は,メタ認知的モニタリングとメタ認知的コントロールの二つの過程によって支えられている。メタ認知的モニタリングは,現在進めている学習活動から自己の遂行状況を確認し,学習がうまく進行しているかを点検・評価する。その判断に基づいて学習目標や学習方略を変更・修正する過程がメタ認知的コントロールである。この二つの過程が相互に効率よく働くことで洗練された自己調整が実現するといってよいであろう。
学習の全過程を通してメタ認知的活動を持続させるには高い学習意欲が必要となるため,多くの自己調整学習モデルでは動機づけの側面が強調されている。動機づけを規定する要因として挙げられるのは,自己効力感,自己決定,原因帰属などが一般的である。自己効力感self-efficacyは自分自身にその学習目標を達成する力があるという信念であり,高い自己効力感は学習の持続性や効果的な学習方略の選択につながることが知られている。自己決定self-determinationは自己の行動を自分自身で決定しているという認識であり,内発的動機づけや有能感を高める効果をもつとされる。原因帰属causal attributionは学習結果(成功・失敗)の理由づけを行なうことであり,適切な帰属をすることが自尊感情や自己効力感を高めること,あるいはそれらが低下するのを防ぐことにつながる。
自己調整学習に含まれる構成要素は非常に多く,また要素間の複雑な相互作用が想定されるため,これらを総合した過程を説明するモデルを構築する必要がある。たとえば,ジマーマン(2000)は自己調整の動的な過程を説明するために,自己志向フィードバック・ループ,3段階の自己成就サイクルという二つのモデルを提案している。自己志向フィードバック・ループとは自己調整を行なうための情報を得るルートであり,自己-行動-環境の間の相互作用によって生ずる状況の変化を自己へフィードバックし,その変化を絶えずモニターすることで学習目標に向けての調整を可能にするものである。フィードバックには,行動的・環境的・内的の3種類の自己調整ループが想定されている。行動的ループは,自己の遂行過程を観察し,そこから得られた情報に基づいて学習方法の修正などを行なう。環境的ループは,学習に適した環境になっているかをモニターし,最適な学習環境を構成しようとする。内的ループは,自己の内面で生じている認知的・感情的状態をモニターし,学習方略や動機づけの調整を行なう。
自己成就サイクルは,予見,遂行コントロール,自己省察の3段階からなり,これらの段階を繰り返し循環することで効果的な自己調整が行なわれるとしている。予見の段階は,与えられた学習課題をあらかじめ分析することによって,学習目標を設定し学習方略についての計画を立てる段階である。この段階にはさらに自己動機づけの過程が含まれており,自己効力感,結果期待,目標への志向性,内発的な興味を高めることによって自己を学習目標に方向づける。遂行コントロールの段階は課題を遂行している間に進行する認知活動であり,課題をどのように進めていくかを自分で確認する(自己教示),集中力を向上させ,それを妨げる状況を排除し学習に適した環境を構成する(注意の焦点化),学習課題の重要な部分を見つけて再構成する(課題方略)といった活動を含む自己制御の過程,および自己の学習の遂行状況を追跡し,使用した方略が有益であったかを判断する自己観察の過程からなっている。自己省察の段階では,学習目標と学習結果とを比較することで自己の達成度を評価し,その結果に基づいて成功・失敗の原因帰属を行ない,満足・不満足などの自己反応が生ずる。このモデルの特徴は,ラセン状に進行していく開放的な循環システムを想定していることである。つまり,予見,遂行コントロール,自己省察の段階を循環する過程で自己の目標をさらに高める,より有効な方略を選択するなどの修正が絶えず行なわれることである。
また,ピントリッチPintrich,P.R.(2000)は,4段階×4領域のマトリクスからなる自己調整の枠組みモデルを提唱している。このモデルは,目標設定(予見・プランニング・活性化),モニタリング,コントロール,反応と省察の4段階の自己調整過程を想定し,この過程が認知,動機づけと感情,行動,文脈の4領域においてどのように機能するかを説明したものである。また,このモデルは学習者の目標志向性(熟達目標か達成目標か)に着目しており,それぞれの目標に対する接近的または回避的な態度と自己調整過程との関係を説明しようとすることが特徴的である。
自己調整学習の理論やモデルは数多く提出されているが,いずれも学習者の能動性を前提とし,自己の内的・外的状況を制御する潜在的可能性を認めたうえで教育への示唆を得ようとする点では共通している。 →学習意欲 →生涯学習
〔桐木 建始〕
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