マルクス主義の立場で、物質的な自然界の運動法則が、根本的に対立物の統一という形をとると考え、その法則性を自然弁証法とよぶ。この点に、弁証法的唯物論のもっとも根本的な基盤があるとみなされることが多い。この法則性として存在する弁証法が意識に反映されると、自然科学の法則もまた弁証法的な形をとる。自然弁証法によって、ブルジョア科学が陥っている形而上(けいじじょう)学的自然認識の限界を超えることが可能になるとみなされて、スターリン時代の「自然弁証法に基づく農業技術の革命」という誤りが生み出された結果、分子生物学が否定的に評価された。「自然弁証法」という語は、エンゲルスの遺稿『自然弁証法』(1925刊)に由来する。この著作は、初めビュヒナーの機械論的唯物論を反駁(はんばく)するというねらいで書き始められたが、当初の目標を超えて、さらにまとまった唯物弁証法の立場からみた自然哲学の体系を構想するために書き進められ、未完のまま残された。彼はこの書で、19世紀に至るまでの経験的自然科学を総括することによって、同時に、弁証法に対する自然科学者の素朴な無知を指摘しながら、弁証法を導きの糸として、自然科学全体の系統的、内的な連関をとらえて、自然の全体像を構成的にとらえることが可能になると考えた。彼は、ギリシア人が素朴に抱いていた「自然を全体として大局的にとらえる直観」と、シェリング、ヘーゲルの自然哲学から、弁証法的唯物論の核心となりうるものを取り出し、進化論、エネルギー恒存則などに代表される当時の自然科学の成果をつぶさに検討し、自然の弁証法を描出しようとした。その自然観のもっとも根本的な立場は、「自然は存在するのではなく、生成し、消滅するのである」ということばにみられる。これは実体(神即自然)は自己原因者であるというスピノザ、シェリングの思想を脱神話化しようとしたものである。
こうして彼は、自然の歴史のなかから「弁証法のもっとも一般的な法則」、すなわち、(1)量から質、および質から量への転化、(2)対立物の相互浸透、(3)否定の否定、という3法則が抽出されるとした。しかし、有力なマルクス主義者のなかには、人間的行為・労働に媒介される以前の非社会的存在としての自然に、このような弁証法が成立するはずはないと自然弁証法に積極的意味を認めない者もいる。
[加藤尚武]
『エンゲルス著、菅原仰訳『自然の弁証法』(1970・大月書店・国民文庫)』▽『本多修郎著『ヘーゲルと自然弁証法』(1970・未来社)』
エンゲルス晩年の未完の著書(1873~86)。マルクスの唯物論的弁証法は、人間の社会・歴史の考察を通じて、ヘーゲルの観念論的弁証法を転倒することによって形成された。のちにエンゲルスは弁証法の対象領域を自然にまで拡大して、マルクス主義哲学を弁証法的唯物論として完成しようとした。この意図に添って計画されたのが本書である。ここには、当時の自然科学の全領域にわたる問題を扱うなかで、弁証法の一般法則を確立すると同時に、粗雑な経験主義を批判して自然を統一的、組織的に研究する見方を開こうとする苦心の跡がうかがえる。内容は、現代の発達した自然科学の観点からすれば古めかしさを免れず、また自然研究における弁証法的思考の有効性も最近では疑問視されているが、ここで展開された数多くの含蓄に富んだ思想は今日でも意義を失わない。本書は、その執筆過程から生まれた『反デューリング論』『フォイエルバハ論』とあわせ、マルクス主義哲学の古典的名著である。
[藤澤賢一郎]
『リャザノフ編『自然弁証法』(加藤正訳・岩波文庫/原光雄訳・1949・三一書房)』▽『マルクス=レーニン主義研究所編『自然の弁証法』(田辺振太郎訳・岩波文庫/菅原仰・村田陽一訳『マルクス=エンゲルス全集 第20巻』所収・1968・大月書店)』
(1)マルクス主義の学問体系の一部門。マルクス,エンゲルスは自己の学問体系の構案を明示的には提示していないが,後継者たちにおいては,弁証法的唯物論(唯物弁証法)という原理的部門が立てられ,これを自然界とその認識とに適用したものとして自然弁証法なる部門が置かれる。この部門分類に即するかぎり,自然弁証法はマルクス主義における自然哲学に相当すると言えよう。しかし,エンゲルスは,自然諸科学の上に立つ自然哲学は,本来的には不必要と考えており,自然哲学を構想したわけではなかった。また,後継者たちにおいても,この部門は体系的に整備されるには至っていない。
(2)自然弁証法は,マルクス主義においては,自然界における運動・発展の,最も一般的な客観的法則性そのものとしても了解される(これに関する認識を体系的に定式化したものが,上述(1)の意味での自然弁証法であると言うこともできよう)。マルクス主義においては,自然界も人間界も思考も,究極的には同一の法則性に従っているものと了解するので,いわゆる〈弁証法の三法則〉すなわち〈量より質への転化〉〈対立物の相互浸透〉〈否定の否定〉の諸法則がそのまま自然界にも妥当するとされる。ただし,マルクス主義者の内部でも,ルカーチなど,弁証法は歴史の場ではじめて成立するものと考え,自然弁証法を否認する見解もある。
(3)エンゲルスが自然界とその認識における弁証法を論考した遺著の書名。ただし,実際に残されていたのは《弁証法と自然》と題する未定稿・覚書集であって,これを準体系的な一書に編集し,《自然(の)弁証法》という書名を冠して公刊(1925)したのは遺稿編纂者たちである。
執筆者:廣松 渉
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
… 理論活動は多岐にわたるが,とくにマルクス主義の各種分野への一般化が重要である。《家族,私有財産および国家の起源》(1884),草稿《自然弁証法》(リャザーノフ編により1925年刊)などもその成果であるが,とりわけ《反デューリング論》(1878)はマルクス主義社会科学の平明な見取図として広く受け入れられ,時々の主流のマルクス主義理論(ドイツ・マルクス主義→ソ連マルクス主義)は主としてこれに依拠している。また,その一章に少し手を加えたパンフレット《空想から科学へ》(1880)は最も多く読まれた入門書である。…
…そのさい,いうなれば第一哲学の位置におかれるのが弁証法的唯物論(Diamatと略記・略称されることもある)にほかならない。ヘーゲルの哲学体系における部門分類,〈論理学〉〈自然哲学〉〈精神哲学〉と対応づけるかのように,〈弁証法的唯物論〉は存在論,認識論,論理学の三位一体的な統一とされ,この第一哲学の適用的延長として〈自然弁証法〉と〈史的唯物論〉の二大部門が立てられ,これら両部門の下位に,自然諸科学および歴史的・社会的・精神的諸科学が配置される。 マルクス=エンゲルスは,唯物論とはいっても,古代ギリシアの物活論的唯物論,啓蒙期フランスの機械論的唯物論,それにまた,L.A.フォイエルバハの唯物論や生理学主義的な俗流唯物論,これら先行的・同時代的なもろもろの唯物論を批判し,弁証法的な唯物論の立場を標榜した。…
…しかし,彼の場合,第一義的には〈存在界ならびに思考の一般的な運動・発展の法則,および,それについての学理的認識体系〉として弁証法が規定される。エンゲルスの大部の遺稿《自然弁証法》(自然弁証法)はこのような了解にもとづいて書き進められており,そこでは,(1)〈量より質への転化〉,(2)〈対立物の統一〉,(3)〈否定の否定〉が弁証法の三大法則として掲げられている。(1)は,存在界における変化を現象面にしか認めない伝統的な形而上学的(=非弁証法的)存在観に対するアンチ・テーゼをなすものである。…
※「自然弁証法」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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