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自由を我等に じゆうをわれらにÀ nous la liberté

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世界大百科事典 第2版の解説

じゆうをわれらに【自由を我等に À nous la liberté】

1931年製作のフランス映画。《巴里の屋根の下》(1930),《ル・ミリオン》(1931)に続くルネ・クレール監督のトーキー第3作で,トビス社の作品。逃げ込んだ蓄音機工場の社長に出世した脱獄囚が社長の地位を捨て,刑期を終えて工員になっていた刑務所仲間と2人で〈自由〉をもとめてあてのない旅にでるいきさつを,機械が人間を支配する近代的な工場を刑務所の非人間的な労働と対比して描きながら資本主義社会機械文明を風刺する。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

自由を我等に
じゆうをわれらに
A nous la libert

フランス映画。1931年、ルネ・クレール製作・監督・脚本作品。刑務所を脱走したルイとエミールのその後の人生を描く喜劇。エミールが経営することになるオートメーション化された蓄音機会社は、人間を搾取する資本主義の象徴として描かれ、それから自由になって生き続ける2人の姿は、1929年の世界恐慌以降のヨーロッパの知識層に支持された。ジョルジュ・オーリックの軽妙な音楽とラザール・メールソンLazare Meerson(1897―1938)の簡潔な美術も好評。フランスではあたらなかったが、日本では1932年(昭和7)に公開されてヒットし、その年のキネマ旬報ベストテンの第1位となった。チャップリンが『モダンタイムス』(1936)を発表したとき、ベルトコンベヤーシーンなどがこの映画を想起させたため、製作会社のトービスはチャップリンを訴えたが、監督のルネ・クレールは「尊敬するチャップリンに真似してもらえたのなら光栄です」というコメントを出した。[古賀 太]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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世界大百科事典内の自由を我等にの言及

【クレール】より

…次いでダダイズム的雰囲気の濃厚な《幕間》(1924)では,マルセル・デュシャン,フランシス・ピカビア,マン・レイ,マルセル・アシャール,エリック・サティらの協力を得て,純粋映画cinéma purと呼ばれた映像の実験の成果を見せた前衛的作品をつくり上げるが,真に国際的な名声を獲得したのはそのトーキー第1作《巴里の屋根の下》(1930)のヒットによってであり,続く《ル・ミリオン》(1931),《巴里祭》(1932)などで視覚的なギャグと音響効果からくる独特の喜劇的世界を築いて注目された。《自由を我等に》(1931)や《最後の億万長者》(1934)の〈ギャグによる文明批評〉(例えば大工場の流れ作業=ベルトコンベヤシステムの人間性疎外のイメージ,ニワトリで支払うと卵でおつりがくるという物々交換の原始経済国家で一文なしの〈億万長者〉が独裁をふるう等々)はチャップリン(《モダン・タイムス》1936,《チャップリンの独裁者》1940)に影響を与えたとさえいわれた。クレールの世界的名声の確立に貢献した1930年代初期のこれらの作品は,いずれも亡命ロシア人ラザール・メールソン(1900‐38)の美術による人工的なパリをオープンセットにした作品で,メールソンの助手であった亡命ハンガリー人アレクサンドル・トローネル(1906‐93)を通じて,プレベール=カルネ(ジャック・プレベール脚本,マルセル・カルネ監督のコンビ)の〈詩的リアリズム〉の作風の基盤を築いたものであった。…

※「自由を我等に」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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