日本大百科全書(ニッポニカ) 「航空救難」の意味・わかりやすい解説
航空救難
こうくうきゅうなん
航空機が運航中に緊急事態が起こるか、または起こったと想定される状態になったとき、遭難位置を発見し、人員、機体などの安全を図る作業。
航空機が緊急状態に陥り、これを捜索救難する場合、航空機の行動範囲が広域にわたるため、各国間の協力が絶対不可欠なものとなる。そのため、国際民間航空条約およびその付属書に捜索救難の標準方式を定め、条約加盟各国はそれぞれ分担区域をもち、必要な捜索救難体制を整えている。各国はその領域内で遭難した航空機に対して救援措置をとること、および遭難機の所有者または登録国の当局が必要な救援措置をとれるよう許可することを条約で取り決めている。そして、この条約に従って随時勧告される共同措置に協力することが義務づけられている。しかし条約加盟国は捜索救難に関し、独自の責任体制をとっており、その規模、勢力は国の政策などに大きく左右され、緊急の場合の即応体制に万全を期することはむずかしい面がある。
一方、救難体制は国の捜索救難組織にのみ依存するものではなく、航空機自体の緊急対策の効果が救助活動の成否を大きく左右するものとなる。
[青木享起・仲村宸一郎]
捜索救難組織
国際民間航空条約に準拠して条約加盟各国は次のような組織を設置することになっている。
(1)救難調整本部 捜索救難活動を一元的に調整し、総合判断をもって企画推進する機関。日本では国土交通省航空局東京空港事務所(羽田空港)がこれを行っている。
(2)救難機関 実際に海上、陸上あるいは上空から捜索救難活動を行う機関。日本では警察庁、海上保安庁、防衛省、国土交通省航空局が実施する。
(3)ATC(航空交通管制) 捜索救難の援助を必要とする航空機に関して、救難調整本部および関係機関に必要な情報を伝達する。
これらの機関は、それぞれ直通電話により即座に連絡できるようになっている。
[青木享起・仲村宸一郎]
緊急状態の段階
航空機の捜索救難を必要とする状態のことを緊急状態といい、その状態により三つの段階に分け、段階別に各機関の措置基準が定められている。
〔1〕第1段階 不確実の段階という。(1)航空機の位置通報予定時刻または交信不能となった時刻から30分過ぎてもなんら通報を受けない場合、(2)航空機がその予定時刻から30分(ジェット機は15分)過ぎても目的地に到着しない場合、がこれにあたる。この段階では救難調整本部は情報を検討整理し、必要に応じ関係機関に通報する。
〔2〕第2段階 警戒の段階という。(1)不確実の段階を過ぎても航空機の情報が得られない場合、(2)着陸許可を受けたのち、接地予定時刻から5分を過ぎても着陸せず、航空機と連絡がとれない場合、(3)航空機の機能に支障をきたしたが不時着にまでは至らないと判断される場合、(4)航空機が不法行為により安全運航に対する妨害を受けていると思われる場合、がこれにあたる。この段階で所要の救難機関は待機する。
〔3〕第3段階 遭難の段階という。(1)警戒の段階を過ぎて広範囲にわたる通信網をチェックの結果、なんらの情報も得られず、航空機の遭難がほぼ確実であるとき、(2)航空機の燃料が全部消費されたと推定されるとき、または残存燃料で安全にいずれの飛行場へも着陸することが不可能と思われるとき、(3)航空機の機能に支障をきたし、不時着を余儀なくされたと思われるとき、(4)不時着決行の通報を受けたとき、または不時着したという情報を受けたとき、がこれにあたる。この段階で関係機関は所要の救難措置をとり、入手した情報を救難調整本部に通報する。
[青木享起・仲村宸一郎]
遭難通信と緊急通信
これも国際民間航空条約で次のように定められている。
(1)遭難通信 遭難機は注意を喚起し、位置を知らせ、救助を得るためにいかなる手段も行使できるが、原則として次の遭難通信手続による。遭難通信に使用する周波数は現に使用中の指定された周波数または121.5メガヘルツによって行い、遭難信号「メーデー MAYDAY」3回に引き続き、次の事項を送信する。航空機の呼出し符号、呼出し周波数、航空機の識別、推定位置、推定時刻、方位、速度、高度、型式、遭難の種類、状況および必要とする救助の種類、救助を容易にする等の事項である。
(2)緊急通信 周波数は遭難信号に準じて使用し、緊急信号「パン PAN」3回に引き続き、次の事項を送信する。航空機の呼出し符号、緊急事態の種類、機長のとろうとする措置、位置、高度、針路、その他必要な事項である。
[青木享起・仲村宸一郎]
航空機の非常用装備
一方、航空機自体にもいろいろな緊急対策がとられている。
(1)搭載する救急用具 搭載が義務づけられているものは次のとおりである。非常信号灯、携帯灯、防水携帯灯(陸岸から93キロメートル以上離れた水上を飛行する場合)、救命胴衣またはこれに相当する救急用具、救急箱。そのほかに、航空機の種類および陸岸からの距離により、水上を飛行する場合は、救命ボート、非常食糧(全搭乗者の3食分)、航空機用救命無線機が必要となる。これらは、定期的に点検が義務づけられており、いつでも使用できる状態になっている。
(2)消火装置 エンジンや貨物室など火災の起こりやすい場所や発見しにくい場所には火災検知器が取り付けられており、一定温度以上になると消火装置が作動する。客室内には携帯用の水消火器、炭酸ガス消火器および重曹微粉消火器が備え付けてあり、火災の種類に応じて使い分ける。
(3)酸素供給装置 高高度を飛行中なんらかの事故で機内の空気が減圧すると酸素不足となり生命に危険を生じるため、このような事態が起こると酸素が搭乗者全員に自動的に供給される装置がついている。また病人などのため携帯用の救急用酸素ボトルも搭載されている。
(4)衝撃対策 航空機が異常着陸や緊急着水を行うときの衝撃から身体を守るために、座席ベルトが各座席に取り付けられており、着地の瞬間にはベルトを締め、上体を前傾前屈の姿勢をとって衝撃を軽減する。
(5)緊急脱出装置 すべての搭乗者が短時間に脱出を行うに必要な数の非常口と脱出用スライドおよび脱出用ロープが装備されており、通路や出口および機外の照明のためにバッテリー作動の非常用灯火が自動的に点灯し、約20分間持続する。
そのほか、事故でドアが開かなくなった場合にこれを壊して脱出するための斧(おの)、火災発生の際に使用される乗員用のスモーク・フード、北極飛行などには極寒地で不時着した場合の保命生存用要具一式の入ったポーラー・サバイバル・キットなどが搭載されている。
これらの非常用装備の操作を行う乗員は、初期訓練や定期訓練および昇格訓練において、火災や機械の故障などの緊急事態の訓練や緊急脱出訓練、緊急装備品の取扱い法など安全面の厳しい訓練を受けている。
[青木享起・仲村宸一郎]