改訂新版 世界大百科事典 「船体強度」の意味・わかりやすい解説
船体強度 (せんたいきょうど)
船の安全性は,大別して,過度に揺れたり転覆を起こさないための安定性と,船の構造が大きく変形したり破壊したりしないための強さとに分けられ,船舶工学では後者を船体強度と称している。商船においては,建造時,進水時,航行時,入渠(にゆうきよ)時,衝突時,座礁時の強度を検討するが,航行時以外は船の一生の中で期間が限定された特殊な状態であり,強度における考慮も局部的であるので,通常,船体強度といえば航行時における強度を指す。以下では商船の船体強度について述べるが,軍艦や漁船などでも基本的な考え方は同じである。
船体強度は検討対象とする船体構造の範囲によって,(1)船体を船の長さ方向に断面が変化する1本のはりとみなしたときの全体強度,(2)商船の主要構造部分である船倉をより詳しく検討するため,船倉部分を骨組構造,あるいは板構造とみなしてその強度を考える部分構造強度,(3)船倉内部の詳細な構造や船首尾部,機関室部分などの特殊な構造の強度を検討する局部強度の三つに分けられる。
全体強度
波浪中を航行する船の全体強度においては,便宜上,作用する荷重とそれに対する応答を定常分と変動分とに分けて検討する。定常分は静水中に船が浮遊した状態に対応し,もっとも基本的な状態である。これに対してはまず,自重,載貨およびバラスト積付けの長さ方向の分布状態から求められる重量曲線と,船体外形状および喫水から算定される浮力曲線との差から荷重曲線を求める。浮遊状態にある船体は,船首尾端でほかから支持されないという条件のもとにこれを長さ方向に積分すればせん断力の長さ方向分布を示すせん断力曲線,これをさらに積分することにより曲げモーメントの長さ方向分布を示す曲げモーメント曲線が得られる。船体構造の設計に使用するための静水中のせん断力,曲げモーメントとしては,載貨およびバラスト積付けのすべての状態についてせん断力曲線,曲げモーメント曲線を計算し,それらの包絡線を求める。曲げモーメントの大きさは,多くの場合,船体中央部付近において最大となり,これを静水中縦曲げモーメントという。
一方,後者の変動分については,確率統計に基づく波浪予測,波浪中における船体運動の推定などに関する研究の進歩の結果,波浪中における全体強度の精度のよい算定が可能となってきた。海洋波は不規則であるので確率過程としての扱いが必要であり,船,ブイ,海洋ステーションなどによる波浪観測データが長年にわたって蓄積され,これに基づいて波スペクトル,波浪発現確率表が使いやすい形式で整備されている。また,入射波の波形の船体の存在による変形や船体の動揺に対応して生ずる流体力を考慮して,波浪中における船体運動を精度よく算定するための理論が進歩し,船体に作用する波浪変動圧やこれを没水表面について積分することによって船体断面に生ずる変動断面力の応答関数が求められるようになった。一般的な場合として,斜波中を航行する船体に生ずる変動断面力は,船体の上下方向変形に伴って鉛直面内に生ずる縦曲げモーメントおよびそれに対応する縦せん断力,左右方向変形に伴って水平面内に生ずる水平曲げモーメントおよびそれに対応する水平せん断力,そしてねじりモーメントの5成分であり,軸力は無視できる。波浪中における,このような波と船体応答との関係は線形システムを構成するから,線形重ね合せの原理を適用することにより,波スペクトルと変動断面力の応答関数とから,短期予測と呼ばれる一つの不規則海象に対する変動断面力の標準偏差など各種の統計量の予測値が求められる。さらに,波浪発現確率表によって不規則海象ごとの発現確率を考慮すれば,長期予測と呼ばれる変動断面力の超過確率や船の一生(約20年)の間に生ずる最大値の予測などが可能となる。
前述の静水中における断面力と,超過確率に対応する変動断面力の大きさとの和を船体構造の設計のための断面力とし,はり理論,薄肉断面のせん断流理論により船体断面に生ずる曲げ応力,せん断応力,ねじり応力の大きさを求める。
コンテナー船のような長大倉口船やLNG船のような厳重な管理を要するタンク搭載船においては,船体の変形も重要になる。曲げモーメント,せん断力,ねじりモーメントによる船体のはり的な変形を求めるには,これらの断面力の長さ方向分布が得られた段階で,船体の構造様式に応じた変断面薄肉はり理論を適用して変形に関する応答関数を求めれば,前述と同一の方法で各種の予測値が得られる。
以上に述べた全体強度の扱いは,新形式の構造法の採用時などに用いられる,精度のよい合理的な方法であるが,実行には相応の手数と費用を要する。そこで,波浪中の断面力を求めるのに,通常の構造法の場合は,従来の理論や実船計測の成果を基礎として,鉛直面内に生ずる縦曲げモーメントとせん断力による全体強度(これを縦強度という)の検討を行う。この場合には,船体の主要寸法である長さ,幅と船体の没水部の肥瘠(ひせき)度を表す方形係数とによる算式に係数を乗じた近似式によって,鉛直面内に生ずる縦曲げモーメントと縦せん断力の変動分の長期にわたる大きさを評価するとともに,長さ方向の分布を仮定する。そして静水中の定常分を加えて断面力とし,これから曲げ応力,せん断応力を求め,許容縦曲げ応力15kgf/mm2,許容縦せん断応力12kgf/mm2によって評価する。なお,縦強度における曲げの状態については,通常,船体が上に凸になる状態,すなわち甲板部が引っ張られ船底部が圧縮される状態をホギング状態,この逆をサギング状態と呼ぶ。
部分構造強度
従来,横強度と呼ばれてきたもので,商船においては船倉部分の強度検討がこれに当たる。船体全体のうち,考慮すべき船倉範囲をとり出し,立体的な板構造,あるいは骨組構造とみなして変形,応力を算定する。部分構造には,全体強度の結果として得られた断面力を端部断面に作用させるとともに,船倉部分に貨物荷重,水圧,慣性力など,運動に基づく力を作用させる。実際によく用いられる方法の例として油槽船の船倉内の横桁,すなわちトランスリングの強度を簡易立体骨組みとして検討する方法を述べる。まず,縦強度部材の影響を考慮しつつ横強度の検討を行うため,船側外板や縦通隔壁を船の長さ方向の桁とし,これらの複数の桁を,適切にモデル化した横隔壁やトランスリングで結合して立体骨組みとし,満載,あるいはバラスト状態に対応する喫水によって定まる静水圧,貨物油による圧力を作用させて変位,曲げモーメント,せん断力を算定する。次に,トランスリングの詳細な応力分布を求める。これには,船側外板および縦通隔壁の位置に,上述の簡易立体骨組解析の出力である反力,あるいは強制変位を作用させることによって,縦強度部材の影響を考慮しつつ,注目するトランスリング自体に作用する貨物油による圧力,静水圧,波浪変動圧相当の水圧を考え,平面応力状態として有限要素法によって変形,応力の解析を行う。このような方法で得られたトランスリング応力は,応力の種類と計算個所に応じて許容せん断応力8.5kgf/mm2,許容垂直応力18~20kgf/mm2によって評価する。
局部強度
船倉内部構造のさらに詳細な強度は局部強度の例である。対象とする現象として疲労亀裂の発生にかかわる応力集中,板構造の局部崩壊につながる座屈が代表的である。前者には甲板の倉口や桁材の腹板における人孔,縦通材貫通部などの板の開口部における応力集中,さらに局部的には肋骨,防撓(ぼうとう)材などの溶接部における応力集中が含まれる。いずれも実験,あるいは有限要素法で算定された応力,あるいはひずみの振幅を船体構造材料のS-N曲線(繰返し応力の大きさと,その応力のもとで疲労破壊が生ずる繰返し数との関係を示す曲線)にあてはめて疲労寿命を推定し,必要に応じて曲り部半径の増大,増厚,溶接仕上げの実施などによる応力集中の緩和策がとられる。一方,座屈に関しては,トランスリングの隅角部,部材結合部,腹板の開口部などにおける座屈強度が検討され,座屈防止のための増厚,防撓材配置などの対策がとられる。局部強度としては,以上のほかに,激しい縦揺れのために船首船底部が波から衝撃荷重を受けてへこんでしまう,いわゆるスラミングに対する強度,大きな集中荷重を受ける機関室の強度,船橋楼などの上部構造と主船体構造との結合部の強度など広範な問題が存在する。
執筆者:吉田 宏一郎
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報