改訂新版 世界大百科事典 「船体運動」の意味・わかりやすい解説
船体運動 (せんたいうんどう)
船体の運動を考えるとき,一般に船体の重心位置Gに原点をとり,Gより前方にx軸,右玄横方向にy軸,鉛直下方にz軸を定める。このとき,x,y,z軸方向の並進運動および回転運動には,それぞれ図1に示す固有の名称が与えられている。ふつう,船体は縦中央面(図1のxz平面)に関して対称であるので,例えば,船体が平水面上でz方向に動揺しても,y軸方向に作用する流体力やx軸およびz軸まわりの偶力が船体に働くことはない。各座標軸の方向の運動には,連成して生ずるものと生じないものがある。前後揺れ,上下揺れ,縦揺れを総称して縦運動,左右揺れ,横揺れ,船首揺れを横運動と呼ぶが,運動が微小であれば縦運動と横運動は連成しないので,それぞれを独立に取り扱うことができる。
一方,運動のモードの違いからみると,上下揺れ,横揺れ,縦揺れでは船体に復原力が作用するのに対し,前後揺れ,左右揺れ,船首揺れでは復原力はない。したがって,上下揺れ,横揺れ,縦揺れではそれぞれの運動に固有周期が存在するが,前後揺れ,左右揺れ,船首揺れには固有周期はない。
波浪と船体運動
スクリュープロペラの作動に基づく前後進運動,バラスト水の注入または排出による浮上または沈下を除くと,船体運動は主として,風,潮流,波浪などに起因する外力ないしは舵,サイドスラスターなどの船体方位制御装置の発生する力によって引き起こされる。自然外力に起因する船体運動のうち代表的なのは波浪によるもので,船体に当たる波が船体表面で反射されるとき,船体周囲には船が平水面上で静的に浮いている場合とは異なる圧力場が形成され,船体を静的つり合いの位置から動かす力および偶力が船に作用する。海上を航行する船が遭遇する波は不規則波で,船の運動も不規則的である。このような不規則な波も,異常に波高が高い場合を除けば,規則的な波の重ね合わせで近似することができ,船体運動の基本的な特徴は規則波中での運動を調べることによりとらえられる。船が規則波中を航行するとき,船に作用する波浪外力は,船と波との出合周期で規則的に変化するので,出合周期と前後揺れ,左右揺れ,船首揺れの運動の固有周期が近づくと,その運動は共振状態に近づき,運動振幅が増大する。波浪中で動揺する船体には,船体運動に伴う流体慣性力を含む慣性力,減衰力,復原力および波浪外力が作用するが,慣性力および減衰力の大きさは運動の振幅のみならず波との出合周期に依存し,波浪外力も波長,波高のほか出合周期に依存する。図2のように速度Uの船が波長λの規則波をχの方向から受けながら航行するとき,波との出合周期Teは,波との出合角周波数をωeとして,Te=2π/ωeで与えられる。ωeは,波の角周波数をωとするとωe=ω-ω2/gUcosχと表され,深海の海洋波では(gは重力の加速度)で定まるので,同じ波長λの波の中を航行する場合でも,船速U,船と波との出合角χにより船体運動の大きさは異なる。波浪中での船体運動が激しくなると,船体抵抗が著しく増加し船速が低下するほか,船の甲板上に海水が打ち込んだり,船底が空中に露出し船底が再び水中に没する際に波面が船底をたたくために大きな衝撃力が発生(スラミング現象)したり,プロペラが空中に露出し空転に近い状態(プロペラ・レーシング)になるなど,船の運航上,好ましくない状態となる。さらに,過大な運動のため,積荷の固縛が困難になり,場合によっては積荷の移動が起こり,船の復原性も悪化する。スラミング現象,プロペラ・レーシング,過大な運動を避けるには,船速を落とすほか,船の針路を変更し出合角χを変えることなどが有効である。
操舵と船体運動
船体方位を制御するための操舵に対しては,船は横流れと旋回の運動をする。この際の船の運動性能は,操舵に対する応答の速さを表す追従性と,ある舵角を保持したとき最終的に到達する旋回角速度の大きさで代表される旋回性に大別できる。一方,直進中の船に針路を乱すかく乱がごく短時間作用したとき,その後の船体方位の不安定が時間の経過とともに発達する船を針路不安定な船といい,時間の経過に伴いかく乱の影響が減少する船を針路安定な船という。針路不安定な船でも,著しく不安定である場合を除けば,船体方位を目的の方向に保つよう操舵すれば,さほど困難なくほぼ直進することができる。針路安定性のよい船は操舵に対する追従性もよいので,針路安定性と旋回性が船の操縦性能を代表するといってもよい。しかし,両性能は互いに相反する性能で,一方をよくすれば他方が悪くなる。同一の船でも針路安定性および旋回性は,船の速度,喫水,トリムなどによって変化する。とくに,トリムが両性能に及ぼす影響は大きく,船尾の喫水が船首の喫水より大きい船尾トリムの状態になると,船の針路安定性はよくなるが旋回性が悪くなる。また,一般的に船の肥瘠(ひせき)度が大きく,船の長さLと幅Bの比L/Bが小さい船ほど針路安定性が悪く,旋回性はよいといえる。船の肥瘠度,L/Bなどは船の操縦性とは別の設計条件から決められることが多いので,十分な針路安定性と旋回性を確保するには,その船にかなった大きさの舵を装備する必要がある。概して,大きい舵をもつほど操縦性はよくなるが,スペースおよび操舵機の容量の制限,推進性能など他の性能への影響などから,むやみに大きい舵を取り付けることはできない。
執筆者:藤野 正隆
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報