排卵期と受胎期に関して月経との時期的関連性を明らかにした荻野久作の産婦人科学における世界的な学説。1924年(大正13)『日本婦人科学会雑誌』上「排卵の時期、黄体と子宮粘膜の週期的変化との関係、子宮粘膜の週期的変化の週期及び受胎日に就(つい)て」(原文ママ)と題して発表された学会懸賞当選論文において、荻野は「排卵の時期が先行月経とは関連がなく、月経周期の長短とも無関係に、予定月経開始の前日から逆算して第12~16日の5日間内におこる」という新説を発表した。この説はそれ以前の諸説に比べてきわめて合理的で、この新学説の妥当性はその後の学問の進歩により裏づけられ、今日では産婦人科学上の画期的な業績として学者の等しく承認する決定説となっている。人間の排卵時期に関する研究は1911年以降盛んに行われ、排卵が月経期以外におこるという点では意見は一致していたが、月経期以外のどの時期におこるかについては定説がなかった。1913年にドイツのシュレーダーR. Schröderが統計調査の結果に基づいて「28日型の月経周期の婦人では排卵は月経第1日目から起算して第14~16日の3日間におこるものが大多数である」という排卵の高率時期説を発表し、その後20年代初頭まではこの見解が大勢を制した。しかし、子宮周期と卵巣周期との時期的関連から明らかなように、正常な月経は、排卵後に卵巣に形成される黄体に由来する卵巣ホルモンの分泌量低下に伴っておこる出血であることからも、ある時期の排卵は次回の月経とは密接な関係をもつが、先行する月経がそれに続く排卵を決定することはない。したがって、シュレーダー説が先行月経から排卵期を順算するのに対し、荻野説は、今日内分泌学的に解明されている黄体の寿命とそれに伴うホルモン分泌の消退を当時すでに洞察して、排卵時期を次回の予定月経から逆算することによってその時期を予測しうるとした限定説を採用した点で画期的であり、その合理性はシュレーダー学説に優越する重要な点である。
しかし、荻野学説が正当に評価されて世界的に脚光を浴びるようになったのは1930年(昭和5)ドイツ語で発表した「排卵日と受胎日」と題する論文が紹介されてからのことで、これは、荻野学説を受胎調節に応用した荻野式受胎調節のリズム法として知られるものである。現在諸外国ではオギノ‐クナウス説として紹介されているが、クナウスH. Knausの「排卵日決定の新方式」と題する29年の論文では「28日型の周期における排卵期は月経開始後第14~16日目である」とし、先行月経から順算する点でシュレーダー説と軌を一にしている。
[新井正夫]
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