卵(卵細胞)が成熟して卵巣から排出されることをいう。無脊椎動物でも排卵現象はあるが,一般には脊椎動物についていうことが多い。無脊椎動物では排卵された卵は,環形動物の多毛類のように体腔中にでる場合もあれば,昆虫の場合のように輸卵管に入る場合もある。ただし,卵が直接生殖孔から体外に排出される現象は,産卵あるいは放卵と呼ばれ,排卵とはまったく異なるものである。脊椎動物では一般に卵の成熟および排卵は,脳下垂体前葉ホルモンの支配を受けている。発情周期をもつ多くの哺乳類では,この周期のきまった時期に,ホルモンの直接的な働きかけによって1個ないし十数個の卵が排卵され,卵が受精して妊娠するとその期間中排卵は抑制される。ウサギやネコには発情周期がなく,交尾の刺激が脳下垂体に伝えられることによって排卵が起こる。以下に鳥類およびヒトの排卵について詳述する。
鳥類では,環境の季節的変化,ことに日長時間の変化によって繁殖活動が誘発される。光の刺激は視床下部に作用して,脳下垂体前葉から生殖腺刺激ホルモンの分泌を開始させる。このホルモンによって生殖腺が成熟し,繁殖のための生理的条件が整えられる。しかし,卵形成には多量の栄養が必要であり,雌は環境から十分な餌が確実に得られるようになるまで産卵活動を開始しない。
鳥類のほとんどの種で,雌性生殖器官である卵巣,輸卵管は左側だけ機能する。脳下垂体前葉から分泌された濾胞(ろほう)(卵胞)刺激ホルモンの作用で卵巣濾胞が形成され,そのなかで卵細胞は卵黄を蓄積して急速に体積を増す。成熟した卵細胞は濾胞から腹腔内に排出され,排卵が起こる。排出された卵細胞は濾胞上皮からの分泌により卵黄膜を形成し,やがて輸卵管に入る。輸卵管の上部で精子と合体し,受精が起こる。受精卵はそのあと輸卵管を下りながら卵白を付着させ,卵殻を形成しその表面に色素を沈着させて完全な卵となり,最後に総排出腔から排出される。これが産卵である。
鳥類には,一腹に決まった数の卵を産むものと,そうではなくて,産卵中に卵を取り除いたり付け加えたりすると,産み足したり,ふつうに産む数よりも少なく産んで,産卵数を調節するものとがある。前者では,初めから決まった数の卵細胞が濾胞内で成熟して,つぎつぎに排卵,産卵される。しかし後者では,一腹に産まれる数よりも多くの卵細胞が濾胞内であいついで成長してゆく。受精して巣に産みおとされた卵は視覚刺激となって親鳥の抱卵行動をひき起こす。すると今度は,卵との接触刺激がある種のホルモン分泌を促し,濾胞内の若い卵細胞の成熟を抑制する。こうして,それ以上の排卵がおさえられ,産卵数が調節される。飼育下で連日産卵するニワトリは,人間による家畜化の過程で,このような内分泌調節系を喪失した系統が選抜,固定されたものであろう。
執筆者:長谷川 博
ヒトの排卵は次のようにして起こる。まず,卵巣に20万~30万個ある原始卵胞(原始濾胞)の中の数個が,月経後脳下垂体前葉から分泌されるFSH(卵胞刺激ホルモン)の刺激を受けて発育卵胞となり,そのうちの1個だけが成熟卵胞(成熟濾胞。グラーフ卵胞(グラーフ濾胞))に発達した段階で,脳下垂体前葉から分泌される大量のLH(黄体形成ホルモン)とFSHの作用により,成熟卵胞の卵巣表面に突出した部分の卵胞膜がしだいに薄くなり,ついにここに破裂孔と呼ばれる穴があき,ここから顆粒(かりゆう)膜細胞群によって囲まれた卵(卵子)が腹腔の中に卵胞液とともに排出される。これが排卵である。排卵された卵は,卵巣の近くに接近してきている卵管の采部(さいぶ)の卵管口から卵管内に吸引され,卵管内を運ばれて卵管膨大部で精子と合体して受精が起こる。排卵した卵胞は直ちに黄体となり,黄体ホルモン(プロゲステロン)を分泌するが,黄体の寿命は14±2日と一定していて,排卵後14±2日で黄体ホルモンの分泌は停止し,ホルモンの血中濃度が低下する。するとその刺激で,子宮体内膜は崩壊剝離して月経出血が始まる。月経開始から排卵までの卵胞期と呼ばれる時期の長さは大体10~28日くらいで一定していないのに対し,排卵後月経開始の前日までの黄体期の長さは14±2日と一定しているというのが荻野久作により発表された荻野説(1924)で,この説は広く世界的に認められている。排卵時期および排卵の有無をしらべる検査法にはいろいろあるが,いちばん広く使われているのは基礎体温法である。
排卵された卵の受精能力が短いために,受胎期すなわち妊娠可能な時期は,排卵を中心とした約3日間である。排卵はヒトでは通常1回に1個であるが,まれに2個以上のこともある。また両側の卵巣で交互に排卵することも,同一側で連続して起こることもある。
排卵がなくなると,月経もなくなり無月経になることが多いが,無排卵性月経といって,月経だけは認められることがある。無排卵の原因は脳の視床下部にある場合,脳下垂体にある場合,卵巣にある場合の3種類に大別され,精神的ストレスによる無排卵は視床下部性のものである。経口避妊薬(ピル)のおもな作用は視床下部に作用して排卵を抑制し,人工的な無排卵性月経を起こすものである。
→月経 →不妊症
人工的に排卵を誘発する方法。無排卵性無月経や無排卵性月経が毎月続いている婦人では不妊症になり,妊娠成功のためには排卵を人工的に誘発する必要がある。ただし,卵巣に原因があるために無排卵になった場合は,どんな治療法を用いても排卵誘発は不可能である。排卵誘発法は次の3種類に分類される。第1は脳の視床下部にある性中枢を刺激する方法で,これには卵胞ホルモン(エストロゲン)静注法,黄体ホルモン(プロゲステロン)周期的投与,カウフマン療法(卵胞ホルモンを24日間くらい投与し,最後の10日間は黄体ホルモンも併用する),クロミフェン療法,サイクロフェニール療法などがある。副腎皮質からの男性ホルモン分泌過剰による無排卵には副腎皮質ホルモン療法が有効である。第2の脳下垂体前葉刺激法としてはLH-RH(黄体ホルモン放出ホルモン)があるが,このホルモンの単独投与の効果は乏しい。脳下垂体前葉からのプロラクチン分泌過多による無排卵にはブロモクリプティンが著しい効果を示す。第3の卵巣直接刺激法が最も強力な排卵誘発法であり,初めにhMG(閉経婦人尿性性腺刺激ホルモン)を連日注射し,血中または尿中卵胞ホルモンあるいは子宮頸管粘液量を毎日定量することにより卵巣の卵胞成熟度を推定し,卵胞が成熟したと推定された日にhMGの注射を中止してhCG(ヒト絨毛(じゆうもう)性性腺刺激ホルモン)を注射すると排卵が起こる。ただしこの方法では,70~80%に卵巣腫大が,20~30%に多胎妊娠が起こるため,その予防法が目下研究されている。
→性ホルモン →多胎 →双子 →不妊症
執筆者:五十嵐 正雄
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
卵巣から卵が放出されることをいう。排卵の時期は月経初日から数えておよそ2週間ころにあたる。一生涯には約35年間に毎月1回排卵し、400回ほど排卵するといわれる。卵巣の原始卵胞が発育して成熟卵胞(グラーフ卵胞)となり、しだいに卵巣の表面に移動し、卵胞から卵が放出される。卵胞のこの発育成熟過程には、下垂体前葉から分泌される卵胞刺激ホルモンがおもに関与し、引き続き黄体形成ホルモンが大量に衝撃的に放出されたのち、およそ24時間ほどで排卵がおこるといわれる。放出された卵は卵管采(さい)によって速やかに採取され、卵管膨大部で精子と合体して受精が成立し、妊卵となる。排卵後には卵巣に黄体が形成され、黄体ホルモンが分泌される。したがって、排卵の有無は、基礎体温曲線上高温相があること、尿中プレグナンジオールや血中プロゲステロンの増加、子宮内膜の組織検査によって分泌期に特有な変化が認められるので知ることができる。
[新井正夫]
動物の卵巣から成熟した卵が放出される現象をいい、主として脊椎(せきつい)動物に関して用いられる。卵巣には卵を抱含する濾胞(ろほう)があるが、下垂体の濾胞刺激ホルモンの働きで濾胞が発達し、内腔(こう)に液がたまり膨大したグラーフ濾胞になる。卵は濾胞の載卵丘の中で成熟し、下垂体から分泌された多量の黄体形成ホルモンに刺激されて濾胞が破裂すると、濾胞液や載卵丘の細胞とともに卵巣から放出されて輸卵管に入る。哺乳(ほにゅう)類の卵巣には多数の原始卵細胞があるが、大部分は排卵されずに退化する。排卵される卵の数は原始卵細胞の数千分の1でしかない。発達した濾胞では、黄体形成ホルモンに刺激されると種々の酵素が活性化されるため顆粒(かりゅう)膜細胞層が薄くなり、同時に濾胞の最外層を構成する結合組織が分解する。これらは濾胞で合成されたプロスタグランジンによって引き起こされると考えられている。このように薄くなった濾胞は濾胞液の増大によって破裂し、卵を放出する。しかし、哺乳動物の排卵はかならずしも自動的におきるとは限らない。ネズミでは発情のたびに周期的に排卵するが、ウサギやイタチでは交尾の刺激がない限り排卵はおきない。同じ霊長類でもアカゲザルはヒトと違って夏期は月経があってもほとんど排卵しない。
なお無脊椎動物では、排卵後の卵が輸卵管を通って体外に排出されるものや、いったん体腔に出されてから腎管(じんかん)(ゴカイ)や口(クラゲ)から放出されるものがある。
[高杉 暹]
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…この場合,婦人体温ともいう。月経周期につれて体温に変動のみられることは古くから知られていたが,この基礎体温測定法によって,排卵の有無や排卵の時期を判定できることが明らかになった。そのため現在では,基礎体温の測定は,卵巣機能の有効な診断法として広く臨床的に用いられ,簡単で,だれにでもできることから,避妊や自分の性機能を知るために用いられている。…
…卵胞刺激ホルモンは卵胞を刺激して卵胞を成熟させる。卵胞からは卵胞ホルモン(エストロゲン)が分泌されるが,排卵直前にピークとなる。この多量のエストロゲンが間脳・脳下垂体にポジティブフィードバックし,黄体形成ホルモンが急に多量分泌される。…
… 原始生殖細胞は,胎生期に盛んに細胞分裂をして数を増して卵祖細胞となる。しかし卵祖細胞の分裂は出生の前にやみ,減数分裂の前期の状態に入り,以後は卵母細胞とよばれる(減数分裂は排卵時に行われる)。卵母細胞は思春期以後,順次成熟するまで,少なくも十数年,長いものは40年も,分裂前期の段階のまま卵巣の中にひそんでいる。…
…また一般的に,発情期の動物は落ち着きがなくなり,しばしば放尿したり,特徴的ななき声をあげ,雌どうしがお互いに乗り合うといった行動を示す。ウサギやネコのような,交尾が刺激となって排卵が起こるものをのぞく多くの動物では,発情中に自然に排卵が起こる。排卵は脳下垂体‐卵巣系のホルモン支配下にあるので,同じホルモンの支配下にある副生殖器にも一定の変化が起こる(内部的発情徴候)。…
…上皮は生殖上皮と呼ばれ,卵原細胞oogonium(医学では卵祖細胞と呼ぶ),卵母細胞oocyteなどを含む。両生類や魚類では髄質部を成す結合組織が退化した後は卵巣腔となり,成熟した卵母細胞,または卵は,ここに排卵される。哺乳類の成熟した卵巣には生殖上皮は無く,濾胞細胞に包まれ濾胞follicle(医学では卵胞と呼ぶ)を形成した卵が,結合組織中に存在し,下垂体ホルモンの影響下に,成熟して排卵される。…
※「排卵」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
宇宙事業会社スペースワンが開発した小型ロケット。固体燃料の3段式で、和歌山県串本町の民間発射場「スペースポート紀伊」から打ち上げる。同社は契約から打ち上げまでの期間で世界最短を目指すとし、将来的には...
12/17 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新
11/21 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新
10/29 小学館の図鑑NEO[新版]動物を追加
10/22 デジタル大辞泉を更新
10/22 デジタル大辞泉プラスを更新