狂言の曲名。大名狂言。大蔵,和泉両流にある。長らく在京した田舎大名が帰国の前に,太郎冠者の案内で,ある庭園に萩の花見に出かける。当座に和歌を所望(しよもう)された場合を予想して,太郎冠者が聞覚えの1首〈七重八重九重とこそ思ひしに十重(とえ)咲き出づる萩の花かな〉を教えておこうとするが,大名には覚えられない。そこで,太郎冠者が扇を少しずつ開いて,その骨の数で〈七重八重……〉,萩は〈脛(はぎ)〉を指すなど,一句一句物になぞらえておき,その場でひそかに合図を送ることに決めておく。いざ庭園につくと,大名は,まず庭の景観をほめるにも失言を重ね,かんじんの歌もしどろもどろで,あきれた太郎冠者は途中で退散してしまう。1人残された大名は,歌を最後まで詠み終えよと庭園の主人に催促され,苦しまぎれに〈萩の花かな〉というところを〈太郎冠者の向こう脛(ずね)〉といってしまい恥をかく。登場は大名,太郎冠者,亭主の3人で,大名がシテ。詩歌など解さぬ田舎大名の無風流を戯画化した作品。狂言の大名に通有の,愚かしさと尊大さの反面,無邪気でおうような人間像が生き生きと描かれる。《証如(しようによ)上人日記》(《天文日記》)の天文5年(1536)に《大名萩花一見所》の狂言曲名が見えるので,古作の狂言といえる。
執筆者:羽田 昶
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
狂言の曲名。大名狂言。遊山を思い立った大名(シテ)に、太郎冠者(かじゃ)は知人の庭の萩見物を勧める。その庭では客が和歌を詠むことが例になっている。そこで冠者は、無風流な大名に、聞き覚えの「七重八重九重(ななえやえここのえ)とこそ思ひしに十重(とえ)咲き出(い)づる萩の花かな」という歌を教えようとする。しかし大名が覚えられないというので、「七重八重……」の部分は扇の骨の本数で示し、末句の「萩の花かな」は臑脛(すねはぎ)を示して合図することに決めて出かける。ところが、庭に着いた大名は梅の木や庭石を見て失言を重ねたうえに、いざ和歌を詠む段になって「七本八本」などと間違える始末。あきれた冠者が姿を隠してしまうと、慌てた大名は末句が思い出せず、苦し紛れに「太郎冠者が向こう脛(ずね)」と答えて面目を失う。無風流と極端な物覚えの悪さによる失敗を笑いのテーマとするが、季節感の漂う佳作である。
[林 和利]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...
10/29 小学館の図鑑NEO[新版]動物を追加
10/22 デジタル大辞泉を更新
10/22 デジタル大辞泉プラスを更新
10/1 共同通信ニュース用語解説を追加
9/20 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新