レコードから音を再生するために用いる装置。
音を入れ物に収め、好きなときに取り出して聞きたいという欲求は、古くからの人間の夢であった。そのような試みのうち記録に残っているものから重要な二、三のものをあげると、まず1857年にフランス人レオン・スコットÉdouard-Léon Scott de Martinville(1817―1879)が発明した装置のフォノトグラフPhonautographがある。これは、油煙を塗った紙を円筒に巻き付けて手で回転させ、振動板に取り付けた堅い毛を油煙紙に接触させて、音の波形を連続的に記録する装置である。記録された波形から音を再生するものとして、1877年にフランス人シャルル・クロは、円盤上の溝に音を録音し、この溝から逆に音を再生する装置を発案した。
クロは、この装置をパレオフォンと名づけてフランス科学アカデミーに提出したが、現実の物として日の目をみるには至らなかった。実際に音を録音し、再生することのできる蓄音機が世に出たのは、クロのパレオフォンの発案と同じ年の、アメリカのトーマス・エジソンの発明によるものであった。エジソンは銅製の円筒(シリンダー)に錫箔(すずはく)を巻き付けたものを手で回転させ、振動板に直結した録音針を錫箔に押し当てて、錫箔の変形としてつくられる溝の深さを音の強さに応じて変化させることにより音を記録した。そして、この溝を針でふたたびたどらせることにより、音を再生した。エジソンはこの世界最初の録音・再生機をフォノグラフPhonographと名づけて発表した。最初の公開でフォノグラフから再生された音は、エジソン自身の声による『メリーさんの羊』であったと伝えられている。先に述べたように、蓄音機が世に出るまでには多くの人の考案、実験の業績がある。多くの発明がそうであるように、ただ1人の人間に発明者の称号を贈るのはむずかしいことであるが、実際に動作するものをつくり、またそれを企業化したという点で、蓄音機の発明者がエジソンであるということは万人が認めるところである。
エジソンのフォノグラフはその後、電話の発明者であるベルらによって改良され、銅管に錫箔を巻き付けたもののかわりに、円筒形の厚紙の上にワックス(蜜蝋(みつろう))をかぶせたものをレコードとすることで、音量の増大、寿命の向上が図られるようになった。ベルの新しい蓄音機はグラフォフォンGraphophoneと名づけられた。
エジソン、ベルらによる円筒形レコードを用いる形式の蓄音機は、その後アメリカを中心に改良されて発展し、ニッケル貨幣を用いる自動演奏機までつくられた。しかし、円筒形レコードは複製による大量生産ができないという致命的な欠陥があった。
[吉川昭吉郎]
1887年、エミール・ベルリナーEmile Berliner(1851―1929)は、円盤状の録音媒体を回転させ、その表面に螺旋(らせん)状に溝を刻む方式を提案し、これを用いる蓄音機をグラモフォンGramophoneと名づけた。この円盤状レコードは、円筒状レコードと形状が異なるだけでなく、溝のようすも異なっていた。音の強さの変化は溝の深さの変化ではなく、溝の横方向への振れの変化として刻まれたのであった。円盤状レコードの最大の特長は原盤からプレス型をつくり、これを用いて同一のレコードを多量に複製できることにあり、これによって今日のレコードの原型が確立されたのである。
この時代には、レコードの録音針は振動板に直結され、音波の振動を直接録音媒体に溝を刻む方法で行われていた。このため、振動板にできるだけ大きな音を加える必要があり、演奏者は振動板の前に置かれたらっぱに向かって音を吹き込まなければならなかった。演奏は歌が中心であり、録音される音の質・量ともに貧弱であった。再生のための蓄音機は、手巻きのぜんまい式モーターで回転させたレコードを交換式の鉄製再生針で振動板を振動させ、らっぱを介して音を出すものであった。
[吉川昭吉郎]
エジソン蓄音機が日本に紹介されたのはかなり早く、1879年(明治12)である。1月にイギリス人の東京大学講師T・C・メンデンホールによって原理の説明が行われ、3月には東京商法会議所で、イギリス人J・A・ユーイングが自ら持参したエジソン蓄音機によって吹き込み実験を行っている。1890年には、駐日アメリカ大使がエジソン蓄音機を明治天皇に献上した。
レコードが円盤状になってから、1901年から1907年にかけて、欧米のレコード会社数社が吹き込み装置一式をもって来日。邦楽の録音を行ったのち原盤を海外に持ち帰ってレコードをつくり、それを日本に輸入して販売した。日本初の円盤レコードと円盤式蓄音機の製造は、1907年横浜の貿易商ホーンFrederick W. Hornが設立した日米蓄音器製造株式会社(後に日本蓄音器商会)によって1909年より行われるようになり、以後、蓄音機産業が急速に普及することになった。なお、蓄音機という用語が定着するまでいろいろな変遷があり、蝋管(ろうかん)器、蘇言器、蘇語器、蘇音器、蓄語器、蓄音器など、いろいろな呼び方が用いられた。
[吉川昭吉郎]
1925年、空気吹き込みにかわる新しい電気吹き込みが、アメリカのマックスフィールドJoseph P. Maxfield(1887―1977)らによって開発された。電気吹き込みは、音波をマイクロホンによって電気信号に変えて増幅し、電気的カッターで溝を刻むもので、音量のコントロールが自由になり、また音響特性も大幅に向上した。その後、電気技術は吹き込みにとどまらず再生にも応用されるようになり、電気蓄音機が登場した。
電気蓄音機は、ピックアップを用いて溝に刻まれた音の波形を電気信号に変換し、これを増幅してスピーカーから出すものである。電気蓄音機の登場により再生側でも音の質の向上が図られ、音量のコントロールも自由になった。
円盤状レコードの材料、寸法、回転数には各種のものが提案され、用いられたが、この時期には材料としてセラック(シェラック)樹脂を主体としたものが使われ、寸法は直径25センチメートルおよび30センチメートルの2種、回転数は毎分78回転に統一されていた。このレコードを後に出現したLPレコードと区別するためにSP(standard playingの略)レコードとよぶことがある。
[吉川昭吉郎]
1948年にアメリカ、コロムビア社のゴールドマークPeter Carl Goldmark(1906―1977)らは、従来のレコードに比べて溝幅が3分の1、回転数が毎分33と3分の1回転で、塩化ビニル樹脂を材料とした新しいLP(long playingの略)レコードを開発した。ついで1949年には、アメリカのRCAビクター社が、同様の溝幅、同じ材料で、回転数が毎分45回転の小型のシングルレコード(ドーナツレコード)および同じサイズで演奏時間を長くしたEP(extended playingの略)レコードを開発した。新しいレコードは従来のものに比べて破損しにくく、雑音が少なく、演奏時間が長いなどの多くの長所をもち、レコード音楽のあり方をそれまでの「音の缶詰」から、高忠実度な音響再生へと一新することになった。1960年代に入って、レコードはステレオ化した。さらに、1982年には、音の信号をデジタル化して録音するコンパクトディスク(CD)システムが開発された。
こうしてレコードが大きな進歩を遂げる一方で、磁気テープを媒体とするテープレコードが普及するようになり、音の再生に対する概念にも変化が生じた。音の再生は、単にディスクレコードを用いて音を再生する蓄音機から、より広い範囲を含めた高忠実度再生システムへと変わり、それに伴って蓄音機という用語も廃語化した。蓄音機という用語が使われたのは電気蓄音機までであるが、今日の高忠実度音響再生の発祥として、蓄音機が残した功績は忘れることができない。
[吉川昭吉郎]
『梅田晴夫著『蓄音機の歴史』(1976・パルコ出版)』
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…〈ジューク〉とは酒場や娼家を意味するアメリカ黒人の俗語だとされている。もともと〈蓄音機〉は家庭用として普及する前に見世物の用に供せられた。1890年代には,アメリカや西欧の大都市で蠟管蓄音機をイアホンを用いて有料で聞かせる商売が広まった。…
…なお,このころのレコードの材質は硬質ゴムが中心であった。この円盤をターンテーブルによって回転させ音を再生する蓄音機はグラモフォンgramophoneと名づけられた。 しかし,グラモフォンはラッパ型集音器によって集めた音によって直接振動板を振動させ,その動きを直接,記録用の針に伝えてレコード盤に記録していたため,再生の際の音質はよいものとはいえなかった。…
…またプレーヤーは記録(録音)の機能をもたない再生(演奏)専用の装置で,電気信号を出力として増幅器へ接続して使用され,これ自体は増幅器やスピーカーを含まないのが一般的である。現在のレコードプレーヤーは,SPレコード時代のいわゆる〈蓄音機〉にその原型をみることができる。
[蓄音機]
エジソンによる円筒式の蓄音機の発明から10年後の1887年に,E.バーリナーがグラモフォンと称する円盤式の蓄音機を発明し,今日のディスクレコードの歴史が始まった。…
※「蓄音機」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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