宮廷風恋愛(読み)きゅうていふうれんあい(その他表記)amour courtois

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「宮廷風恋愛」の意味・わかりやすい解説

宮廷風恋愛
きゅうていふうれんあい
amour courtois

ヨーロッパ中世封建制度下,騎士による主君の奥方への恋愛 (感情) 。主君と騎士との主従関係になぞらえたもので「恋愛の封建性」ともいわれる。古典古代にあって,女性の地位は低く,男性の同性愛が高次元のものとみなされていた。中世では第一次十字軍 (1096~99) 後に,留守を預る奥方の発言権は増し,貴族の女性の教養は高くなり,宮廷内での主導権を握ることとなる。宮廷生活の作法,行事,慣習など洗練の度合いが増し,奥方と騎士との対異性間の愛は常に女性上位であり,階級原理に貫かれている (語源となる中世フランス語では「農民」を表す語は「下賤な」 vilainに通じ,「宮廷風の」 courtoisに対立。ちなみに courtとは宮廷の意味) 。この原理に基づき,12世紀末,アンドレ・ル・シャプラン André le Chapelainは「宮廷風恋愛」を定義づけ,判例集を著わすが,あくまで当時の貴族社会の風潮を示したもので,作者の肯定見解か,否定見解かは不明である (『恋愛術』 De Amore) 。
「宮廷風恋愛」という語は,12,13世紀の作家自身によって使われることはなかった。 1883年フランス文献学者によって使われるようになった。アーサー王の配下にある「円卓の騎士」の中でもっともすぐれた騎士,ランスロの王妃グニエーブル Gunièvreへの絶対的な愛 (恋愛至上主義に貫かれているが,不倫) を名指してのものであった。中世の作家たちがこの現象を示すのに用いた名称は,「至上の愛」 fin'amour (finとは,完全な,もっとも洗練されたの意味) であった。未婚の女性は対象外であるし,婚姻 (政略上の方便) はここで批判され,人間関係を律する封建制度の枠内で感性や情念も律せられる時代精神を反映している。したがって,「情熱恋愛の神話」といわれる『トリスタンとイズー』は,騎士トリスタン伯父の妃イズーとの不義が問題であるにしても,平等原理に立ち,厳密には「宮廷風恋愛」とは別系であり,さらに普遍的性格をもつといえよう。
12世紀前半の南フランスの詩人たちトルバドゥールでは,「愛」が擬人化され,恋する者はみずから「青春」という擬人化と同一視し,至福と試練 (擬人化「告げ口」など) のはざまに常にあった。最初のすぐれたトルバドゥール,アキテーヌ公ギヨーム9世の孫娘アリエノール Aliénore d'Aquitaineがフランス王ルイ7世との結婚 (1137) ,ついで離婚 (52) と同年の再婚 (プランタジネット朝のヘンリー2世) の結果,時代を代表する文芸擁護者アリエノール Aliénore d'Aquitaineの宮廷と南フランスの先進的文化が北上することとなった。これは現在の英仏におけるフランス語の移植と文学の伝播を意味し,2人の王との間の子供たちも北フランス語詩人たちトルベール trouvèreの擁護に力を注いだ (印刷術の発明以前,この役割の重要性は高い) 。トルバドゥールの叙情詩の青春は騎士=若者のイメージと重なり,武道と同時に精神的向上 (恋愛は人間関係の至上の形式) を目指すことが要請される土壌が培われて,ロマンスの重要なテーマとなる。「宮廷風恋愛」はフランス文化の普及であり,約 20年後にはドイツなどヨーロッパ的スケールで同一現象が 12,13世紀に集中して観察される。これは文学の実生活への影響 (想像界の現実支配) という観点からもみられるべきであろう。文学以外に証言を求めることが困難なため,「宮廷風恋愛」の存在を否定する見解もあるが,行過ぎとみるべきであろう。

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改訂新版 世界大百科事典 「宮廷風恋愛」の意味・わかりやすい解説

宮廷風恋愛 (きゅうていふうれんあい)

11世紀末から12世紀にかけて,南フランスに始まって北フランスさらにヨーロッパ各地の上流社会に広まった恋愛観念。とくに南フランスの抒情詩人トルバドゥールたちによって中心主題として歌われ,封建制度と当時の宗教的感情を基盤として確立するにいたった。宮廷風恋愛amour courtoisとは後世の呼称で,当時は雅(みやび)の愛fin'amorと呼ばれ,(1)対象は上層貴族階級の人妻に限る(夫婦間にこの愛はありえない),(2)プラトニックではなくて官能的な愛ではあるが容易に充足されてはならない,(3)嫉妬深い夫やさまざまな障害によってかえって強められねばならない,(4)秘められた恋であり,とくに女性の名は明かされてはならない,などの厳しい条件があった。単なる性的本能の充足や原初的衝動から身を律するこの高度に昇華されたエロティックな愛の規範は,13世紀初めにアンドレ・ル・シャプランの《恋愛論》に,不十分ながらまとめられている。
騎士道物語
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とっさの日本語便利帳 「宮廷風恋愛」の解説

宮廷風恋愛

一二~一四世紀ヨーロッパで流行した優雅な愛の作法。騎士が貴婦人の美と徳を理想化する。南仏のトゥルバドールの叙情詩で発達、中世ヨーロッパ文学の重要な題材となった。

出典 (株)朝日新聞出版発行「とっさの日本語便利帳」とっさの日本語便利帳について 情報

世界大百科事典(旧版)内の宮廷風恋愛の言及

【シチリア派】より

…この流派の詩作のモデルとなったのは12世紀南フランスに花開いたトルバドゥールの抒情詩であるが,南仏語の詩が旋律にのせて歌われるものであったのに対し,同派の作品は音楽との結び付きを前提としていなかった点が異なる。作品の主題は主として〈宮廷風恋愛〉であり,高貴な婦人への思いが歌われたが,愛の性質・様態をめぐる観念的・自然科学的詮索が好んで行われた。詩型としてはカンツォーネが多く,またそれと並んでソネットが用いられ始めたのが注目される。…

【ミンネザング】より

…中世高地ドイツ語でミンネは〈愛〉,ザングは〈歌〉の意。ヨーロッパ騎士文化に特有のいわゆる〈宮廷風恋愛〉の文学的かつ音楽的表現形式を,恋愛抒情詩一般と区別して呼ぶ名称であるが,通常ドイツ語圏の現象に限定する。ドイツ文学史の中でミンネザングと呼ばれるものは,脚韻を踏む1節ないし数節から成る詩作品で,12世紀後半から15世紀ころまで,主として王侯貴族の社交の場で娯楽と教化のために歌唱された。…

※「宮廷風恋愛」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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