薬物代謝(読み)やくぶつたいしゃ(英語表記)drug metabolism

改訂新版 世界大百科事典 「薬物代謝」の意味・わかりやすい解説

薬物代謝 (やくぶつたいしゃ)
drug metabolism

薬物はおもに疾病の治療や予防の目的で服用されるが,薬物を受け入れる生体側は,薬物を異物とみなし,生体から速やかに排出しようとする。薬物のほとんどは尿中に排出されるが,糞便中や肺や皮膚などからも排出される。一方,薬物が高い脂溶性を有する場合は,腎臓尿細管で再吸収されるので,尿中には投与した形の薬物としてはほとんど排出されない。この場合,脂溶性の高い薬物は,生体内の種々の酵素系によって腎臓から排出されやすい形,すなわち水溶性が大きくなる方向に極性化される。このような薬物の生体内変換を薬物代謝と総称する。

薬物代謝の反応には酸化,還元,加水分解および抱合反応があり,小腸,肺や腎臓などでも行われるが,主要な役割を果たしているのは肝臓である。肝臓における薬物代謝に関与する反応は,大きく2種に大別される。まず第一相反応と呼ばれる脂溶性薬物の極性化反応であり,それに続く第二相反応と呼ばれる抱合反応である。第一相反応にあずかる酵素系は,一般に薬物代謝酵素系と呼ばれ,二重のフラビンタンパク質(NADH-チトクロムb5還元酵素(fp1)およびNADPH-チトクロムP450還元酵素(fp2))と2種のヘムタンパク質(チトクロムb5b5)およびチトクロムP450(P450))から成り,そのなかでもNADPHを電子供与体とするfp2,P450を介する系が主である。P450は薬物代謝酵素とも呼ばれている。図1に薬物代謝にあずかる肝臓ミクロソーム膜での電子伝達系を示した。この薬物代謝酵素系が行う反応には次の反応があげられる。酸化反応として,(1)芳香族化合物の水酸化,(2)エポキシド化反応,(3)アミン類のN-水酸化反応,(4)第三アミン類のN-酸化反応,(5)S-酸化反応,(6)脱アルキル化反応,(7)脱アミノ化反応,(8)脱スルホ化反応。還元反応として,(1)ニトロ化合物の還元反応,(2)アゾ化合物の還元反応などがある。肝臓ミクロソーム薬物代謝酵素系による反応は取っ手反応とも呼ばれ,水酸基のような取っ手となるものを導入し,これによって第二相反応である抱合反応を可能にする。抱合反応は排出をさらに容易にする反応である。グルクロン酸抱合硫酸抱合,グルタチオン抱合,メチル抱合やアシル抱合などがある。この場合,一般に第一相反応の反応速度のほうが,続いて起こる抱合反応より遅いため,第一相反応が薬物代謝の速度を規定することになる。そこで,第一相反応の反応速度は,薬効および毒性の強さに大きな影響を及ぼすといわれている。

 肝臓ミクロソームの電子伝達系の研究は近年,その進歩はめざましいものがある。肝臓ミクロソームをジチオナイドで還元し,一酸化炭素を通ずると450nmに極大吸収をもつ差スペクトルが現れるが,これはプロトヘムをもつヘムタンパク質,すなわちチトクロムの一種であることが明らかになり,P450と名づけられた。これは物理化学的処理に対して不安定で,容易にスペクトル的には典型的なb型チトクロムであるP420に転換する。薬物は酸化型P450のタンパク質部分と結合する。薬物と結合したP450はNADPHよりの電子で還元されたFe2⁺型になり,この鉄に分子状酸素が添加し,反応性の大きな複合体を生成する。この過程が酸素の活性化で,酸素分子の1原子がFe2⁺電子と反応し,O2⁻を経てH2Oとなり,酸素分子の他の1原子は薬物と反応して代謝産物(酸化体)になる。ヘム鉄はFe3⁺へ酸化され,P450はまたもとへ戻り,次の薬物と反応するが,薬物が存在しないとFe3⁺からFe2⁺への還元はきわめて遅い。薬物酸化の主役はP450であり,NADPHは薬物・P450結合物を還元して分子状酸素を受け入れられるよう働くわき役である(図2)。

薬物は多くの場合,生体内で薬物代謝を受けると無効な代謝産物に変化して排出されるが,薬物によってはより有効あるいは有毒な代謝産物に変化する場合がある。このような反応を一般に代謝的活性化といい,薬物の効力および毒性と関連して注目されている。

薬物代謝酵素活性は種々の要因,すなわち種属,系統,年齢,性,ストレス,疾病とくに肝臓障害,飢餓や遺伝的因子などによって変動する。薬効や毒性は種々の動物種により著しく異なるが,これは薬物の作用点における感受性の差異によって起こることが多い。とくに種差は代謝物の薬効あるいは毒性が強い場合重要である。たとえば,抗うつ作用を有するイミプラミンは,ラットでは強い抗うつ作用を有するデスメチルイミプラミンに代謝されるが,ウサギでは弱い抗うつ作用しかない2-ヒドロキシイミプラミンに代謝される。これは代謝経路の差による。一方,葉酸代謝拮抗薬のメトトレキサートの毒性はウサギではみられないが,ヒトおよびサルでは観察される。これは代謝速度の種差に起因するものである。代謝速度の差は薬効の強さや持続時間などと関連するが,薬物の代謝経路の種差は予想されない薬理活性や毒性の出現に関連することが多い。系統の相違による薬物代謝能の差は,環境よりも遺伝因子が重要な役割を占めていると考えられている。これらの種差や系統差はマウスやラットなどで行った動物実験のデータがそのままヒトに適用できないことや,黄色,白色,黒色人種など人種によって薬効にいくらかの差異があることを裏づけている。

 年齢差について,生まれたばかりのウサギ,マウスやモルモットにはフェナセチン,アミノピリン,ヘキソバルビタールなどを代謝する薬物代謝酵素系がないが,生後1週間でこの酵素系が現れ,生後5~8週まで増加する。これらの知見はヒトの場合,新生児,乳幼児などは小児薬用量によって薬用量を変動させる必要性を裏づけている。

 性差については雄ラットでは,雌ラットより薬物代謝速度が速い。すなわち,薬物代謝は性ホルモンに依存し,雌に男性ホルモンを投与すると代謝速度は増加し,雄に女性ホルモンを投与すると代謝速度は減少する。モルモット,ウサギ,イヌ,ヒトでは性差はほとんどないが,妊娠などにより女性ホルモンが異常に増加した場合には薬物代謝能は低下する。

 このほか,寒冷ストレスによって薬物代謝酵素活性は低下し,肝腫瘍,肝部分切除などでは薬物代謝能はきわめて低いか,またはほとんど認められない。また,絶食したマウスやアロキサン糖尿病ラットの代謝能も低いことが知られている。
医薬品
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