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藤原浜成 ふじわらのはまなり

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

藤原浜成
ふじわらのはまなり

[生]神亀1(724)
[没]延暦9(790).2.18. 大宰府
奈良時代後期の廷臣。京家の祖藤原麻呂の子。初名,浜足。宝亀3 (772) 年参議。日本最初の歌学書『歌経標式』 (772) を著わした。天応1 (781) 年4月大宰帥に任じられたが,6月には大宰員外帥に降ろされている。

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デジタル大辞泉の解説

ふじわら‐の‐はまなり〔ふぢはら‐〕【藤原浜成】

[724~790]奈良時代の公卿。麻呂の子。大宰帥(だざいのそち)。娘婿の氷上川継の乱に連座して大宰員外帥となり、任地で没。著「歌経標式」など。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

藤原浜成 ふじわらの-はまなり

724-790 奈良時代の公卿(くぎょう)。
神亀(じんき)元年生まれ。京家藤原麻呂の子。宝亀(ほうき)3年(772)参議,7年従三位。天応元年大宰帥(だざいのそち)として赴任するが,まもなく員外帥に降格。翌年娘婿の氷上川継(ひかみの-かわつぐ)の事件で参議を解任された。延暦(えんりゃく)9年2月18日任地で死去。67歳。日本最初の歌学書「歌経標式」の著者。

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朝日日本歴史人物事典の解説

藤原浜成

没年:延暦9.2.18(790.3.8)
生年:神亀1(724)
奈良時代の貴族。藤原麻呂と稲葉国造気豆の娘の子。はじめ浜足,のち浜成に改名したらしい。不比等の孫では最も栄達が遅れ,宝亀3(772)年に参議。天応1(781)年に大宰府(太宰府市)の長官として赴任したが,桓武天皇が即位すると員外帥に左遷。翌年,氷上川継が皇位を主張した謀反事件では川継の妻の父ゆえに連座し,参議,侍従を解任され,政治家としては不遇だった。日本最古の歌学書『歌経標式』(772)の編者であり,群書に通じた学才豊かな人物。任地で大宰員外帥のまま死去した。

(増渕徹)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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大辞林 第三版の解説

ふじわらのはまなり【藤原浜成】

724~790) 奈良末期の歌人・歌学者。麻呂の子。大宰帥だざいのそつ。782年氷上川継の乱に連座し解官。著「歌経標式(浜成式)」

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

藤原浜成
ふじわらのはまなり
(724―790)

奈良末期の公卿(くぎょう)。不比等(ふひと)の孫、麻呂(まろ)の子。従三位(じゅさんみ)参議に上ったが娘婿氷上川継(ひかみのかわつぐ)の乱に連座、大宰員外帥(だざいのいんがいのそち)となり任地で没した。「宝亀(ほうき)三年」(772)の年次の序跋(じょばつ)をもつ歌学書『歌経標式(かきょうひょうしき)』(『浜成式』ともいう)の著者。内容は歌病7種および歌体3種について解説したもので、歌学書として最初のものである。[藤平春男]

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世界大百科事典内の藤原浜成の言及

【歌経標式】より

…現存最古の歌学書。772年(宝亀3)参議藤原浜成が,光仁天皇の勅によってものした書。中国詩学をそのまま転用し,和歌論としては不自然な所が多いが,押韻を論じたり,雅語俗語の区別を論じており独自性もある。…

【氷上川継】より

…妻藤原法壱も従い,母不破内親王と川継の姉妹は淡路国に移配された。また法壱の父藤原浜成は参議,侍従の職を解かれ,山上船主は隠岐介,三方王は日向介に左遷,大伴家持,坂上苅田麻呂,伊勢老人,大原美気,藤原継彦など40人の知友,姻戚もあるいは現任を解かれ,あるいは京外に移された。805年罪を免ぜられ,806年(大同1)従五位下に復し,809年典薬頭,812年(弘仁3)伊豆守となる。…

【藤原氏】より

…日本の代表的な貴族。大化改新後の天智朝に中臣氏から出て,奈良時代には朝廷で最も有力な氏となり,平安時代に入るとそのなかの北家(ほくけ)が摂政や関白を独占し歴代天皇の外戚となって,平安時代の中期は藤原時代ともよばれるほどに繁栄した。鎌倉時代からはそれが近衛(このえ)家二条家一条家九条家鷹司(たかつかさ)家の五摂家に分かれたが,以後も近代初頭に至るまで,数多くの支流を含む一族全体が朝廷では圧倒的な地位を維持し続けた。…

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