日本大百科全書(ニッポニカ) 「西頸城丘陵」の意味・わかりやすい解説
西頸城丘陵
にしくびききゅうりょう
新潟県西端、糸魚川市(いといがわし)の東半を占める第三紀の丘陵山地。日本列島の継ぎ目をなす糸魚川‐静岡構造線の谷を流れる姫川以東の旧西頸城郡地区は、県境の妙高火山群を最高点として北北西に緩く傾斜していく傾動地塊山地で、第三紀中新世の頸城統に属する頁岩(けつがん)と砂岩の互層から形成され、県下一の崩壊性地すべりの多発地として知られる。傾斜面を侵食する名立(なだち)、能生(のう)、早川、海川などの河谷平地が主要生活舞台となり、これらは西頸七谷(せいけいななたに)とよばれ、養豚、肥育牛が盛んである。谷口の浜通りは旧北陸街道の通り道で、海沿いを国道8号が通じ、北陸自動車道、えちごトキめき鉄道(旧JR北陸本線)がトンネルで通過している。
[山崎久雄]