改訂新版 世界大百科事典 「詞譜」の意味・わかりやすい解説
詞譜 (しふ)
Cí pǔ
中国,宋代に流行した歌辞文芸,詞の多様で複雑な韻文形式を整理し,図式化して示したもの。また康熙帝勅撰の詞譜は単に《詞譜》と題されているので,もっぱらその書を指していうこともある(40巻,1715・康熙54。《欽定詞譜》とも)。詞は歌辞である一面,定型的韻文であるが,律詩や絶句とは異なり,その定型は楽曲ごとにきまるので,楽曲の数だけ形式の種類があることになる。その数は数え方によっては2000を超える。詞譜はそのひとつひとつについて,まず曲名すなわち詞牌を挙げ,典型的な作例を示し,それにもとづいて句法,押韻法,平仄の配置などを注記または図示する。五言詩や七言詩とは違って,詞は一首の中に長短さまざまな句を用いるし,韻も途中で換わることがあるばかりか,別の韻を交錯させたり(abab),挟みこんだり(abba)する。また平声仄声の配置も今体詩のように単一の規則ではいかないので,それらを各詞牌ごとに示す必要がある。宋代では楽曲に合わせて詞を作ったが,元以後は楽曲が伝承を絶ったため,作詞の規準を示す意味で詞譜が現れた。詞を作ることを〈塡詞〉という。塡とははめこむの意で,元来は曲に合わせて作詞することだが,後世は詞譜に合わせることを意味する。
詞譜の著として,明の張綖(ちようえん)の《詩余図譜》(詩余は詞と同義),程明善の《詩余譜》(《嘯余譜》所収),清初の頼以邠(らいいひん)の《塡詞図譜》などが比較的早いものだが,これらは詞の研究が未熟であったため誤りが少なくなかった。ついで万樹の《詞律》20巻(1687・康熙26)は網羅的かつ精密なことにおいて画期的で,詞の研究,詞学に新しい段階をもたらし,当時すでにきざしていた詞の流行を大いに促進した。この書は約660調の詞牌を挙げ,同じ詞牌で形式の異なるもの(同調異体)を数えると1800余りに達する。つぎに現れたのが康熙帝勅撰の《詞譜》で,826調,2306体を収め,最も網羅的であるが,内府刊本(宮廷出版)であるためにあまり流布しなかった。清末近くに杜文瀾と恩復が万樹の《詞律》の校訂本(通称《校刊詞律》)に徐本立の《詞律拾遺》を添えて刊行し(1876・光緒2),以来これが詞譜の標準テキストのようになっている。ただし近年《欽定詞譜》も景印本が出版されたので見やすくなった(1979)。この両者は一長一短があって,照合する必要がある。なおこれらはあまりに詳密にすぎるので,清代ではもっと簡略なものが広く流布していた。その代表的なものが舒夢蘭の《白香詞譜》で,これは100調各1体,つまり最もポピュラーな100の形式を示している。この書はまた例示の詞が読物としてもよく読まれ,平仄図などは省略して作者別に編集しなおし,さらに箋注を添えたテキストもあるが(《白香詞譜箋》),こうなると実質はもはや詞譜ではない。日本では田能村竹田が《塡詞図譜》を著しているが,これは小令(短編)のみ115調を示している(1805・文化2)。
執筆者:村上 哲見
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報