貧血の原因と分類

内科学 第10版 「貧血の原因と分類」の解説

貧血の原因と分類(総論(赤血球系疾患))

(1)貧血の原因と分類
定義
 末梢血液検査で,ヘモグロビン濃度・赤血球数・ヘマトクリットの値が基準値以下になった場合を一般に貧血(anemia)という.ヘモグロビンが酸素の運搬体の役割を果たすことから,ヘモグロビン値が最も重要な貧血の指標となる.基準値は成人男性が13.0~18.0 g/dL,成人女性が11.5~17.0 g/dL程度である(施設により若干異なる).
成因による分類
 赤血球系造血に特異的に働く造血因子はエリスロポエチンとよばれ,おもに腎臓で産生される.腎臓の尿細管間質細胞が血液中の酸素分圧を感知し,貧血があるとエリスロポエチンを産生するようになるため,ヘモグロビン濃度と血中エリスロポエチン濃度は一般に逆相関を示す.また,正常な状態での赤血球の寿命は120日である(表14-9-1).
 貧血を成因から分類すると,赤血球産生の低下,赤血球破壊の亢進,あるいは失血出血)に大きく分けられる.
1)赤血球産生の低下:
赤血球造血に必要な栄養素の不足から貧血をきたすものとしては,鉄欠乏性貧血とビタミンB12の不足による巨赤芽球性貧血悪性貧血,胃切除後のビタミンB12欠乏症)がおもなものである.鉄はヘモグロビン合成(ヘム合成)に必要であり,ビタミンB12はDNA合成に必要である.葉酸欠乏でも巨赤芽球性貧血が生ずるが,臨床的に問題になることは少ない.
 造血系自体の障害で赤血球産生が低下する疾患としては,骨髄不全症候群があり,再生不良性貧血と骨髄異形成症候群(myelodysplastic syndrome:MDS)が代表的なものである.再生不良性貧血はおもに免疫学的機序により正常造血が造血幹細胞レベルで抑制され,骨髄低形成と汎血球減少がみられる.まれであるが,Fanconi貧血などの遺伝性のものも存在する.再生不良性貧血の亜型ともいえるのが慢性赤芽球癆(pure red cell aplasia:PRCA)であり,赤血球造血だけが免疫学的に抑制され,貧血と骨髄での赤芽球著減がみられる.MDSは造血幹細胞レベルのクローン性異常によるもので,その病態は多様で,不均一な疾患群からなっている.典型例では無効造血のために,骨髄で過形成,末梢血では汎血球減少を示す.形態学的に異形成像(dysplastic change)を示すのが特徴的であり,染色体異常を伴うことも多い.
 サラセミアは遺伝性のグロビン合成障害により無効造血をきたし,貧血となる.わが国ではまれである.
 基礎疾患があり,二次性に貧血をきたす病態もある.腎不全では,エリスロポエチンが産生できなくなるため,貧血の程度に見合った血中エリスロポエチン濃度の増加がみられない.肝疾患や慢性の感染症・炎症性疾患でも二次性の貧血がみられる.また,白血病多発性骨髄腫,骨髄増殖性腫瘍,癌細胞の骨髄浸潤などでも正常造血が抑制され,貧血が出現する.その他,甲状腺機能低下症,下垂体機能低下症といった内分泌疾患でも二次性の貧血がみられる.
2)赤血球の破壊亢進:
赤血球の破壊亢進により貧血をきたす場合を溶血性貧血という.なお,赤血球産生能力は健常時の6倍以上あり,代償性に赤血球造血が亢進するため,軽度の溶血では貧血を発症しない.
 赤血球自体に異常がある病態としては,赤血球膜異常がある.遺伝性球状赤血球症(hereditary spherocytosis:HS)は日本人に多く,代表的なものである.赤血球酵素異常による先天性溶血性貧血では,グルコース-6-リン酸デヒドロゲナーゼ(G6PD)欠乏症や,ピルビン酸キナーゼ(PK)欠乏症が代表的である.
 後天性の赤血球膜異常による溶血性貧血としては,発作性夜間ヘモグロビン尿症(paroxysmal nocturnal hemoglobinuria:PNH)がある.造血幹細胞レベルでPIG-A遺伝子の突然変異が起こり,さまざまなグリコシルホスファチジルイノシトール(GPI)アンカー蛋白質の欠損をきたす.CD55(DAF)やCD59の欠損で赤血球の補体感受性が亢進し,血管内溶血による暗褐色のヘモグロビン尿がみられる.
 赤血球以外の異常により赤血球が破壊される病態としては,自己免疫性溶血性貧血(autoimmune hemolytic anemia:AIHA)がある.赤血球膜上の抗原に対する自己抗体によって赤血球が免疫学的に破壊される後天性の疾患で,特発性と続発性の場合がある.後者の基礎疾患としては,自己免疫疾患やリンパ増殖性疾患,感染症などがある.その他,不適合輸血による溶血性貧血,薬剤起因性溶血性貧血などがある.また,機械的に赤血球が破壊される後天性溶血性貧血として,赤血球破砕症候群がある.たとえば,心臓の人工弁置換手術後や,行軍ヘモグロビン尿症,細血管障害性溶血性貧血などがある.
3)赤血球の喪失(失血):
急性出血の場合と慢性出血の場合がある.後者の場合は,鉄欠乏性貧血をきたす.
4)生理的貧血:
妊娠時には,鉄欠乏性貧血以外に,生理的貧血として見かけ上のもの(希釈性貧血)がある.
MCVによる分類
 赤血球の大きさに基づく貧血の分類は鑑別診断を進める上で有用である.すなわち,赤血球指数の中の平均赤血球容積(mean corpuscular volume:MCV)の値から,小球性貧血(MCV≦80 fL)・正球性貧血(81 fL≦MCV≦100 fL)・大球性貧血(MCV≧101 fL)に分類する(図14-9-1).
 小球性貧血は,ヘモグロビン合成が正常に起こらない病態(細胞質成熟障害)である.ヘム合成障害をきたすものとしては,鉄欠乏性貧血や鉄芽球性貧血がある.後者は,ヘム合成経路の酵素異常などによるものである.グロビン合成障害によるものとしてはサラセミアがあるが,わが国ではまれである.慢性感染症や炎症性疾患・腫瘍などに伴う貧血も小球性であるが,ACD(anemia of chronic disease)とよばれる.その他,無トランスフェリン血症も小球性貧血となる. 正球性貧血は,溶血性貧血・再生不良性貧血・赤芽球癆・MDS・二次性貧血(腎性貧血や慢性疾患に伴う貧血)・急性出血後の貧血などが含まれる.ただし,溶血性貧血で網赤血球が著増している場合や再生不良性貧血では大球性を呈することもある. 大球性貧血は,DNA合成障害がある場合で(核成熟障害),ヘモグロビン合成の方がより進む結果,赤血球のサイズが大きくなる.代表的な疾患が巨赤芽球性貧血で,悪性貧血や胃切除後のビタミンB12欠乏症,その他に葉酸欠乏がある.再生不良性貧血やMDS,肝疾患や甲状腺機能低下症でも大球性貧血がみられることがある.また,抗癌薬の投与を受けている場合も,大球性貧血が認められる.
臨床症状
 自覚症状としては,組織の酸素不足による労作時の息切れや狭心痛,さまざまな不定愁訴(易疲労感・全身倦怠感・頭痛・めまい・耳鳴りなど),代償反応に基づく心拍数増加による動悸などがある.なお,貧血がゆっくりと進行してきた場合には,体が順応反応を示し,Hb濃度がかなり下がるまで自覚症状を訴えないことが多い.
 他覚的所見としては,顔色や皮膚・爪床の色調が蒼白となり,手掌の襞の部分の赤みがなくなる.また,眼瞼結膜が貧血様となる.高度の鉄欠乏性貧血では爪の変形(匙状爪)がみられる.鉄欠乏性貧血や巨赤芽球性貧血では舌炎がみられ,粘膜・舌乳頭の萎縮がみられ,舌苔がなくなりテカテカした感じとなる.巨赤芽球性貧血の場合は白髪,溶血性貧血の場合は黄疸や胆石発作,血小板減少を伴っている場合は紫斑などがみられる. その他,心拍出量の増加により,心臓の聴診で機能性収縮期心雑音,頸部の聴診で静脈コマ音(血管性雑音)がみられる.
検査成績
 Hb濃度の低下があり,赤血球造血が低下している場合は網赤血球数も低下する.一方,溶血性貧血などの場合のように,代償性に赤血球造血が活発になっている場合は,網赤血球が著増する. 末梢血塗抹標本では赤血球形態を観察し,球状赤血球や奇形赤血球の有無を調べる.また,白血球像では芽球出現などの異常を調べる. 鉄代謝に関連した検査では,血清鉄,総鉄結合能あるいは不飽和鉄結合能,フェリチン値(貯蔵鉄の量を反映)を調べる.
 溶血所見としては,間接ビリルビン増加,LDH高値,ハプトグロビン減少があげられるが,これらは無効造血でもみられる.血清ビタミンB12,葉酸,腎機能検査も重要である.その他,Coombs試験(自己免疫性溶血性貧血),砂糖水試験やHam試験(PNH)なども必要に応じて行う. 再生不良性貧血・MDS・急性白血病・多発性骨髄腫・骨髄線維症などが疑われる場合は,骨髄検査を行う. 二次性貧血では,疑わしい基礎疾患に関連した検査を行う. 心電図で虚血性変化を認めることがあるが,このような所見は貧血の改善とともに消失する.腹部超音波検査では,肝脾腫やリンパ節腫脹の有無,胆石の有無などを調べる.
鑑別診断(図14-9-2)
 ヘモグロビン濃度の低下がある場合は,MCVを調べ,まず,小球性貧血・正球性貧血・大球性貧血のいずれであるのかを確認する.
 小球性貧血の場合は,血清鉄と血清フェリチン値が低下していれば鉄欠乏性貧血で,不飽和鉄結合能の増加がみられる.血清フェリチン値の低下がなく,血清鉄の低下があれば,ACDか無トランスフェリン血症が考えられ,総鉄結合能の低下もみられる.血清鉄が増加している場合は,環状鉄芽球の有無を調べる. 正球性貧血では,網赤血球の増加がない場合は,骨髄検査を行う.網赤血球の増加がある場合は,Coombs試験を行い,陽性であればAIHAである.陰性の場合は,赤血球形態にも注意し,AIHA以外の溶血性貧血の鑑別を行う. 大球性貧血では,巨赤芽球性貧血の場合は,血清ビタミンB12,葉酸を調べる.MDSとの鑑別には骨髄検査を行う.なお,網赤血球増加(溶血性貧血や出血),再生不良性貧血,MDSなどでも大球性貧血のパターンを示すことがあるので注意が必要である.[小澤敬也]

出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報

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