改訂新版 世界大百科事典 「超高圧」の意味・わかりやすい解説
超高圧 (ちょうこうあつ)
very high pressure
圧力は単位面積に作用する力で定義され,SI単位系ではパスカルPaで表される。超高圧と呼ばれる圧力領域に厳密な定義は存在しないが,ふつう1GPa(=109Pa=104bar=1010dyn/cm2=9869atm)を超える領域,すなわち約1万atm以上の圧力領域を対象にすることが多い。圧力は物質の性質を規定する重要な独立変数であり,超高圧という極限条件では物性物理学的に興味深い種々の現象が出現する。超高圧研究は,また,周辺科学として地球科学,宇宙科学,工業化学など広い関連分野をもっている。
超高圧の発生と測定
実験室で超高圧を発生させる方法は,機械的圧縮による静的方法と火薬などの爆発の際に発生する衝撃波を利用した動的方法に大別される。衝撃銃は実験室規模で衝撃圧縮を実現するために開発された装置であり,圧力持続時間に数マイクロ秒という制約はあるが,容易に100万atm領域の超高圧力を発生することができる。動的手段による超高圧の発生は,物質の状態方程式(体積-圧力関係)の研究には欠かせないものとなっている。一方,静的な機械的圧縮は精密な物性実験に適し,この手法による代表的な実用超高圧発生装置を図1に模式的に示した。これらの装置は機構的にはピストン・シリンダー方式と,アンビルanvil(頭部を切った円錐形の台座。もともとはかなとこの意)を用いるアンビル方式が基本であり,できるだけ高い圧力をできるだけ大きい容積に発生させることを目標に,種々の改良が施されている。高圧容器の材質は,圧縮強度が高く,また高圧下で変形しないことが望ましい。焼結タングステンカーバイドは代表的な超高圧発生用の工業材料であり,ダイヤモンドは最適の材料といえる。一般に,超高圧下では,気体は液体に,液体は固体になってしまうので,これらの超高圧発生装置では圧力媒体としてやわらかい固体(パイロフィライト,塩化ナトリウムNaClなど)が使用される。圧力媒体として固体を使用した場合には,圧力環境の純静水圧性は多少犠牲にされる。静的手段で最高の圧力を発生している装置は,1対の単結晶ダイヤモンドを対向させたダイヤモンド・アンビル装置(図2)であり,発生圧力は170万atmに達する。
超高圧領域で圧力の絶対値を決定する際には,特別の手法が採用される。圧力定点法はその代表であり,種々の元素や化合物の圧力誘起の相転移を利用した圧力定点(表)が提唱されている。圧力定点の絶対値を決定するにあたって,もっとも信頼性の高い手法は標準物質(NaClなど)の状態方程式に準拠する超高圧X線回折法である。すなわち,定点用試料を標準物質とともに加圧し,試料に相転移が検出された際の標準物質の格子定数(体積に変換可能)をX線回折により決定し,標準物質に対し半理論的に求められた体積-圧力関係(状態方程式)から試料の転移圧の絶対値が決まるしくみである。また,既述のダイヤモンド・アンビル装置には,圧力値の決定にルビー蛍光線の圧力依存性を利用した光学的手法も適用でき,近年,100万atm領域の圧力値が容易に決定できるようになった。
超高圧物理学とその周辺
原子が規則正しく配列した結晶質の固体を加圧すれば,まず,結晶を構成する原子(あるいはイオン)間距離が連続的にちぢみ,結晶の体積は減少する。この段階で物性にも連続的な変化が生ずる。例えば,物質の融解温度が圧力の上昇とともに滑らかに上昇したり下降したりするのはその現れである。結晶に加わる圧力をさらに高めていくと,たいていの場合,結晶はある圧力値で,その原子配列を突然変えることによって体積の急激な減少を引き起こす。これが圧力誘起の相転移現象であり,固体の結晶構造は相転移を通じて順次最密充てん構造に変化していく。高圧下の相転移は物性にも急激な変化をもたらすのがふつうである。電気伝導の良好な炭素の低圧相の黒鉛(グラファイト)が超高圧高温下で絶縁物のダイヤモンドに転移したり,ダイヤモンド構造の半導体相Si(シリコン)が超高圧下で白色スズ構造の金属相に転移したりするのはその好例である。相転移の結果生じた最密充てん構造の相をさらに圧縮していくと,圧力の影響はついに結晶格子を構成している個々の原子の内部にまで及び,原子を構成している電子のふるまいに変化が生ずる。外側の軌道をまわっている電子が内側の軌道に落ち込む例が実際にアルカリ金属などに観測されている。この状態よりさらに超高圧状態では,一つの原子とそれに隣接する他の原子の外側の電子軌道が接触するようになり,電子は金属における自由電子のようなふるまいをするものと予測されている。ハロゲン化アルカリや水素の金属化は超高圧実験の最先端の話題である。さらに極限状態まで物質を圧縮すれば,原子構造は完全に破壊され,物質は原子核と電子が均質に混ざったプラズマ状態になり,ついには電子までも原子核内の陽子に吸収され,中性子だけからなる状態が実現するものと予測されている。
自然界に存在する超高圧状態でわれわれにもっとも身近な存在は地球内部である。地球中心の圧力は約400万atmであり,マントルと地球核の境界は約140万atmである。したがって,ダイヤモンド・アンビル装置を使用すれば,地球核の条件も実験室内に実現可能である。超高圧実験は今や固体地球科学の研究に不可欠の研究手段となっている。実際,近年の研究成果として,超高圧高温下で誘起されるケイ酸塩鉱物の相転移が,地球マントルの鉱物構成や物性に決定的役割を果たしていることが明らかになった。自然界で超高圧の極限は,太陽や白色矮星,中性子星などの天体の内部に見られ,超高圧の科学は宇宙物理学と深い関係にある。一方,超高圧科学の応用として,相転移を利用した新物質の開発も期待されている。超高圧高温下で黒鉛からダイヤモンドが合成されるのはその典型である。ダイヤモンドと同様な機械的性質をもつ立方晶窒化ホウ素も超高圧高温下で合成される新材料であり,近年,その切削工具としての優れた特性が注目されている。
→高圧鉱物
執筆者:秋本 俊一
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報